第3章 春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に いで立つ娘子
本当にこの狐の言う通りなら、数の合わなかった母鹿はこの崖から落ちて死んでしまったのだろう。
群れが落ち着いているのも、何かが立ち入った様子が無い事も頷ける。
「お前、ずっとここに住んでるのか?」
「いや、先月の怪我からここに世話になることに決めた。」
「はぁ?」
「ここの鹿たちが住まっても良いと言ってくれてな。」
それからじゃ。とぴょんぴょん!と跳ねて倒木を越えて歩く。
その先にあった岩に座り、胸を張る様子はただの狐では無い。
「お前、この山の事よく知ってるのか?」
「勝手だが縄張りにさせてもらった。自分の領地の事を良く知っているのは当たり前じゃ。」
「じゃぁ、その母鹿の事は本当か?」
「本当じゃ。」
狐の言う事を信じるのもどうかと思うが、めんどくさいのでそういう事でいいだろう。
「あの鹿を探して昨夜から山へ?」
「あぁ。まぁな。」
「ほほう。鹿たちがシカマルとシカクと言う雄を随分信用していたが、随分気にかけておるようじゃな?」
「当たり前だ。この山は奈良家の山だ。鹿たちから薬になる鹿の角を貰う代わりに、面倒を見ている。」
「ならけ?」
「俺は奈良シカマルだ。俺の一族の持ちもんだ、この山は。」
「ふぅん。そうじゃったか。では私は土足で踏み込んだ客か。すまなんだ。」
「別に、狐一匹ぐれぇ入りこんだところで変わりゃしねぇよ。」
そうかそうか。とケラケラ笑う様子は狐の癖に何となく人間っぽくて、唐突にチームメイトの二人の顔が思い浮かんだ。
「そうだ。この間よ、願いを聞いてくれるって言っただろ?あれ、本当か?」
「本当だよ。言うて見ろ。」
「焼き肉食べ放題。」
「ん?金とか、地位とか、名誉とかではないのか?人間の欲しがるモノとはそういうモノだと聞いておったが?」
「そんなもん別にいらねぇよ。俺のダチが焼き肉たくさん食いたいんだと。」
「ふぅーん。」
薄い月明かりの当たる岩の上で、ゆらりゆらりと白黒逆転した筆の尻尾を大きく揺らす。
つまらないのか楽しいのか判断しかねるが、なんとかこの願いは叶えてくれそうだった。