第3章 春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に いで立つ娘子
ゆっくりと慎重に近づくと、その木の下にはぐるりと鹿たちが首を揃えていた。
まるで、物語に耳を傾ける子供たちの輪のよう。
声が聞こえてくる。
けど、俺には理解できない。
どことなく鹿の鳴き声に似ていた。
「ん!」
人間がこちらに気が付いたのか急に声を上げ、真っ直ぐにこちらに視線を向けて来た。
その人の声で、鹿たちは一斉に散らばり姿を消した。
「人が、ここに何用じゃ。」
殺気は感じない。
だが、姿を現すつもりはない。
「ここは俺ん家の山だ。てめぇこそ誰だ。」
その人は俺の質問には答えず、木の根元に留まっていた一頭の鹿に視線を向けていた。
この群れの若い雄だ。
「シカマル。というのか。」
「……。」
どうして俺の名前を知っているんだ。
まさか、あの鹿があの人間に教えた?
そんな事が出来るのか?
いや。先ほどの光景からして、こいつは鹿と会話ができると見て間違いはない。
なにもんだ?
「この山の人間、シカクの息子?」
下に留まる鹿と会話をしながら、俺にもわかる言葉でぶつぶつと独り言。
「あぁ、わかった。」
急にその人は地面に降り立ち、敵意が無い事を示すようにその場にべたりと座りこんだ。
「シカマル。私はお前を知っている。礼がしたい。ここへ姿を見せてはくれぬか?」
いつの間にか留まっていた鹿は居なくなっており、気配は俺とこの人間だけ。
しかし、俺を知っていて、お礼がしたいとは一体どういう事だろうか。
今、手持ちの忍具はクナイが数本。
体力はある。
もし、何かあったらすぐに逃げ出せるように警戒しながらその人の前に姿を現す。