第13章 浅芽生の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき
「あら、早かったわね。どうだった?病院。」
「うむ。やはり病じゃった。」
「病気?」
おふくろの顔が真剣になる。
食卓テーブルの上に天狐を降ろし、おふくろはイスに座り天狐を撫でる。
俺も何となくイスに座り、天狐の背中をちょっと睨みつける。
「不服そうじゃなシカマル。」
「ったりめぇだろ。なんだお前のその態度。」
「一つ。狐の生涯に付いて話そう。」
急に語り口になった天狐。
仕方なく俺もおふくろも口を閉じた。
「狐の一生は10年。しかし、そんなのはほとんど幻で、野の狐はせいぜい3年で往生する。4年、5年生きれば大往生。」
流暢な語り口で、天狐の独特の雰囲気が部屋にはびこる。
「むろん。私は野の狐。多少なりと通力を持ち合せておるから、普通の野の狐よりは長く生きられようと思うていた。しかし、病とあっちゃ普通の狐と変わらなんだ。」
そこでようやくしばらくぶりに、天狐がただの狐では無い事を感じる。
「私も4つになる。北斗七星の化身、黒狐の天狐と名乗ってはおるが、豪勢な身に余る飾りにすぎん。ただの狐とかわりゃぁせんのじゃ。」
これが本当の天狐の姿だ。
野生の獣は、やはり賢く、聡明で達観している。
天狐は野の狐だ。
「良い生涯だったと幕を綴じられよう。やはり私はさすがの通力持ちだったと言う訳だ。」
やはり、天狐は天狐。
最後の自慢は忘れない。
おふくろは目を閉じて泣いていたし、俺は。
俺は?
ただ、黙って立ちあがって、家を飛び出しただけだった。
我ながら馬鹿だと思う。
(綿虫の季節)