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~短歌~

第12章 黒髪の 乱れも知らず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき




「なんだ。帰りたい用事でもあんのか?」
「風邪ならば、巣でゆっくり休むのがいい。ここ数日ずっと咳が続くのだ。」
「病院行ってねぇのか。」
「この耳と尾を見て、医者が何と言うのだろうな。」

パシッと洋服の上から簡素な単衣を緩く着る天狐。
その襟を正しながら闇に光る金の瞳で俺を見降ろす。
自慢げに耳を尖らせ、尾を振るその様子は、先ほどまであんなに乱れていた奴とは思えない。
はいはい。と俺も立ちあがり手早く支度を整える。
来た時と同じように、気配を消して、ここに居た事を誰にも悟られないように離れた路地へと移動する。

「ケホ」
「咳だけか?」
「うむ。ヨシノも心配してくれてな、咳止めをくれた。そうすると一時止まる。」
「そうか。」

冬の足音が目前に迫り、寒空が広がる。
火照った。というか茹だった頭を冷やすには丁度いい。
手を繋ぎゆっくりと家路を歩く。
身体が冷え切った頃、それをまた暖め直すために隣り合って布団にもぐりこんだ。

「明日、サクラか綱手様に会ったら良い薬貰って来てやるよ。」
「あぁ、ありがと。」

人の薬はどうだとかあーだとか言いそうなものだが、この夜ばかりは返事をするのも億劫そうで、人の成りのまま俺の胸に頭をくっつけすぐに寝息を立てていた。
鼻孔をくすぐる天狐の匂い。
それを夢の中で嗅いだのか、布団の中で嗅いだのか早速わからなかった。












(宵闇の季節)

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