第1章 狂い咲き白い花
「お前さんをずっと待っていた。玉依姫様の、先祖返り。櫻子殿」
「先祖、返り……?」
「あの方にとてもよく似ていらっしゃる。お前さんで間違いないのであろう……」
女はゆっくりと櫻子途へと近付いてくる。目の前までやってくると、緩やかな動作で跪いた。その行動に、櫻子は目を見開くほかない。
「私は伊澄(いずみ)と申します。玉依姫様、どうか貴方のお力をお貸し下さい。その為に、この魔天鏡の妖力が貴方をこの戦乱の世にお連れしたのですから」
「妖力? 戦乱? す、すみません……私にはいまいち状況が上手く呑み込めないのですが」
「ふむ。それもそうですね、玉依姫様は前世の記憶をお持ちではないですし。致し方ありませぬ、順を追って説明しましょう。ですが……」
突如、地響きが櫻子達を襲う。大きく建物が揺れ、立っていられないほどになる。櫻子はよろめきながら、なんとか床に手をついた。この場に何が起こっているのか、玉依姫とは何なのか。理解しがたいことばかりで頭の中が混乱しそうな思いで押し潰されそうになる。
「時間はないのです。単刀直入にお伝えさせて頂きます。貴方はこの戦国時代で玉依姫様という巫女様の先祖返り。故に櫻子殿は先祖である玉依姫様の神通力と霊力をそのまま受け継いでおられる。玉依姫とは、代々とある刀を封印してきた巫女」
伊澄は強い眼差しで櫻子を見つめる。その瞳の奥には、確固たる意志が秘められていた。
「魔剣"羅刹桜牙(たせつおうが)"。この刀の封印が、もうすぐ解かれようとしています! この刀を妖怪達にけして渡してはなりません!! この刀には……世を破滅と混沌に貶める妖力が宿っているのですから」
地響きはどんどん大きくなっていく。
櫻子の中に眠る、熱い何かが呼応していくのを感じる。嘘のような話、まるでお伽噺のような。けれどすっと伊澄の言葉は櫻子の中へと浸透していく。
櫻子の知らない魂が知る記憶。それが櫻子に伝えていく。
これは、夢ではない。