第1章 狂い咲き白い花
「御心配は無用です。貴方は伊澄様に呼ばれて、この地にやってきたのですから。貴方が此処とは別のところから来ていることは、皆承知の上です」
「それはどういうことなのですか……?」
「伊澄様に会って頂ければ、自ずとわかることです」
まずは伊澄とやらに会う必要があるらしい。櫻子は女に悟られない様に、静かに深呼吸を繰り返した。別に自分が狂ったわけじゃないのだと、目の前で起きていることは妄想ではないはず……などと言い聞かせながら。
寧ろ全てが妄想で、いずれ醒める夢ならばどれだけよかったことか。
戸を開けたその先、同じく巫女の姿をした女が座っていた。櫻子は何故だがごくりと息を呑んだ。怖い……というよりも、威圧感に近い何かを感じたからだ。この見知らぬ土地に来て、今一番と言えるほどの緊張していた。
「穏やかな春のようだ。いや、春に変わりはないのだが……春を纏いし娘。そう、お前さんのこと」
――わ、私のことを呼んでいるのでしょうか?
戸惑い気味に櫻子はおずおずと、どう返事をすればいいか迷う。これでは先程出会った男の時と何も変わらない。そう気付いた櫻子は、意を決して口を開いた。
「有馬櫻子と言います!」
「……櫻子、か。らしい名前だ」
何が? とは聞けなかった。
その女はようやくこちらへと振り向く。美しい黒髪が肩から流れ落ち、一つ一つの動作が櫻子の瞳を奪う。それほどまでに、その女の全てが世界から切り離されていた。浮世離れした美しさ。
生きているのか、死んでいるのかさえわからなくなるほどの。