第9章 一瞬の間
「ちょっ、ちょっと殺生丸さんっ!? あ、あ、あの待って……待ってくださっ……」
「待たぬ。煩い、少し黙っていろ」
「つっ……」
傷口はそれほど深くはないものの、浅いとも言い難い。切り傷のような痛々しい痕が残っており、そこを殺生丸の柔らかい舌が這う。血を舐め取り、傷口に舌を這わす度に痛みで櫻子はぎゅっと目を閉じる。一通り舐めると、殺生丸は櫻子の服を綺麗に直した。
「消毒だ。後で薬草でも摘んで、傷薬を作るしかあるまい」
「え……? え??」
「手のかかる女だ。お前は」
殺生丸は櫻子を抱き上げて、歩き始める。櫻子は何が起きているのか未だ理解できず、混乱しているせいか黙って身を彼に預ける。
「殺生丸さん……」
「なんだ」
「足を引っ張ってすみません。あの、私……もっとちゃんと、強くなります。だから……その……」
「まどろっこしいのは嫌いだ」
「……ありがとうございます」
そっと、櫻子は殺生丸の胸へ頭を寄せる。
「守られなくてもいい女に、なってみせます」
「……」
近付いていく心に、誰もが気付かぬままに。
二人の姿は、霧のように消えていった。