第8章 争いの風
「ふっ、人間の持つくだらない使命感とやらか?」
「あ……そう、なのかもしれませんね」
「逃げてしまえば自分はそんな面倒なことを、やる必要もなかったかもしれないというのに……実に愚かだ」
「そうですね、でも……結局逃げたところで、それは追いかけてくるのはないかと思うんです。逃げることは終わりではありません、何も始まってもいませんし終わってもいないのです」
「……」
殺生丸は月を見上げた。二人が歩いた先、そこには小さな丘があった。丘の下には更に小さな村がある。夜更けということもあり、何処にも灯りはついていない。
「逃げることは簡単です、きっといつでも出来ます。ですが難しいことは立ち向かうことです。その勇気さえあれば、私は例え使命感だと言われても背を向けたりはしません。今逃げたとしても、いつかまた……それはやってくると思うから」
「……人間の考えることは、よくわからぬ」
同じ景色を見つめれば、少しは心が近づけるような……そんな気に櫻子はなる。しかし殺生丸はどうだろうか? ふと視線を向けてみれば、憂いを帯びた表情で無感情のように村を眺めていた。
「りんはいつか人里に帰るべきだろう」
「え……?」
「だが今はあやつの勝手にさせてやりたいと、そう私は思うのだ。お前は……その刀の使命を終えた後、どうするつもりなのだ?」
「私ですか? どう……でしょう。役目を終えて、在るべき場所に帰るのではないでしょうか」
「時が来たら、りんを人里に戻す訓練をしたい。その時までお前は此処にいるのだろうか……」
「……殺生丸さん?」
「ただの戯言だ。夜風を浴びすぎた、戻るぞ」
「……はい」
こうして自分を連れ出した目的は、とても曖昧で結局殺生丸の事を少しでもわかりたいという櫻子の気持ちは呆気なく終わる。いや、しかし共にいる時間がまだあるというのなら、これからいくらでもチャンスはあるのだろう。