第7章 見えずとも聞こえずとも
「えっと、だからですね……上手くは言えないのですが。沢山の幸せをかき集めて抱きしめてみれば、きっとわかることです」
「ふっ……そうか」
ゆらゆらと月が浮かぶ。桔梗の頬を撫でる風は、何処か暖かい。桔梗の目の前では、下手くそに照れ笑いを浮かべている櫻子。
「お前なら、なれるのかもしれないな」
「何がですか……?」
「全ての力を集めた後の羅刹桜牙の、真の持ち主に」
桔梗の身体がふわりと宙に浮かぶ。先程櫻子が見た白い生き物がゆらゆらと集まり始め、桔梗の身体を連れて行く。
「桔梗さんっ!!」
「忘れるな、櫻子。お前が何故自らその刀を手にしたのかを。けして、忘れるな」
淡い光と共に、桔梗は姿をけしてしまった。まるで幻だったかのように。
「桔梗さん……」
忘れないと答えるように、櫻子は手の中にある羅刹桜牙をしっかりと抱きしめる。初めて知る玉依姫であった紅葉の想い。そしてその過去の一部。
ただ大切な人を守りたいという意思がもたらした結末。
"ああ、なんて愛おしいのでしょうか……"
初めて羅刹桜牙を手にした時、櫻子の中には緊張と一握りの恐怖が宿っていた。けれど今はどうだろうか? 温かな何かに触れて、少しだけ……違う感情を抱き始めているのかもしれない。
風の香りが変わる。
ぶわっと花びらを散らせながら、月とよく似た髪を靡かせて現れる。
櫻子は、迷うことなく振り返った。