第6章 下駄を鳴らし彼方
「もう、決めているんだな?」
「はい……暫く、戻りません」
何も永遠の別れと言っているわけではない。だとしても、年頃の娘が一体何処で何をしてくるというのだろうか? きっと透の脳裏にはそう浮かんだのかもしれない。しかし目の前にいる櫻子は、決意に満ちた表情でしっかりと前を見据えていた。
これ以上、何を問うべきことがあるのだろうか。
透は一枚の封筒を、櫻子へと差し出した。
「これは……?」
「父さんからだ。お前の事だから、父さんにも何も言わず……本当に一人で向かっていくんだろう?」
「……はい」
「お前の決意が本物であるなら、黙ってそれを読め」
「……わかりました」
封筒を受け取ると、ゆっくりと櫻子は封を切った。中に入っている便箋を広げてみれば、達筆な字で沢山の文字が記されていた。
櫻子へ
お前はいつも真っ直ぐで、素直な子だった。私の稽古にも一つも弱音を吐かず、よく今日まで頑張って来た。そんなお前を誇りに思うと同時に、お前はお前でやるべきことを見つけたようだな。
何も迷うことはない。迷いは剣を鈍らせる、わかるな? 櫻子よ。お前の向かう先にどんな壁があろうこと、お前のその強く揺るぎない信念を持って乗り越えなさい。
お前の剣は、常に心と共に。
父より
「お父さん……」
「櫻子は、父さんと俺の自慢の有馬道場の娘だ。胸を張って行って来い」
「……はいっ!」
笑顔で見送る透に背中を押されるように、荷物を抱えて日暮神社へと向かう。