第1章 狂い咲き白い花
風が舞う、花びらが舞う。満開の桜の木がそこにはあった。そして……その桜を眺める、一人の美しい男の姿を目の当たりする。
「……綺麗」
息を呑むほどに。男は白銀の長い髪を靡かせ、憂いを帯びた瞳で桜を眺めていた。だが、櫻子の気配に気付いたのかゆっくりとスローモーションのように、男は櫻子へと視線を向けた。
「貴様、何者……」
「え……? え、えっと……」
まさか話しかけられるとは思っておらず、櫻子は言葉に詰まる。彼女の視界に入る男の耳は、不思議なほどに尖っており人間ではないのでは……という思いから更に言葉を詰まらせる。どう答えればいいのか、櫻子が額に汗を滲ませ迷っていると、小さな緑色の生き物が飛び出してきた。
「おい貴様!! 人間の分際で殺生丸様のお言葉に返事も出来ぬのか! この愚か者めが!」
「……え、あ……っ」
どうやら、白銀の男は殺生丸というらしい。それよりも、目の前の緑色の化け物に櫻子は驚きを隠せない。自然と顔が引きつるのを感じていた。
「お前、言葉が話せぬのか?」
興味なさげに殺生丸がそう尋ねると、櫻子の瞳は再び彼へと留められる。
「わ、私は櫻子と言います! 有馬、櫻子……」
「ふんっ、そうか」
やはり殺生丸は興味がないらしく、櫻子の名を聞くともう用は済んだとばかりに顔を逸らした。櫻子はどうしていいかわからず、ただ彼の顔色を伺ってみた。
「……人間など嫌いだ。早く私の視界から消えろ、殺されたくなければな」
「そうだそうだ! 殺生丸様はな、あの泣く子も黙る大妖怪であらせられるのだぞ!! ぐえっ」
「煩い、邪見」
――妖怪? 妖怪って、あの妖怪なのでしょうか?