第1章 乙女の姿しばし留めん
白い肌、こちらを真っ直ぐに見据えた目。紅い口元。
天女が振り向いた――、良彰はそう思った。
人が手を触れることも許されない天女が、今、目の前にいる。
良彰のまだ恋も知らない少年の心に、その禁忌の存在に触れたい、という欲望がわきおこった。
ゆっくり歩を進める。
天女はこちらに身体を向けたままだった。
地上に生きる人間とは違い、天人は疑う心を知らないものだという。
ならばこうして見たこともない人間が近づいても身動き一つしないのは、それが天女だからではないか――。
風が西の対を通り抜けていく。
角髪に結った良彰の髪を、風が撫でた。
「乙女の姿しばし留めん…」
思わず良彰は、古歌を口ずさんでいた。
天つ風よ、雲の通い路を吹き閉じてほしい。
天女の姿をまだ、地上にとどめておきたいから――。
いにしえの歌人の思いが、良彰の思いと重なっていた。