第1章 乙女の姿しばし留めん
良彰は腕をゆるめた。
支えを失った彼女の身体は脇息に倒れかかる。
「どうか…、早く」
それには答えず、良彰は彼女の手の中にあった扇を奪った。
手の込んだ絵は高価なものであろうが、舞用のものではなく、手持ちの扇であるらしい。
「羽衣の代わりに、この扇をいただきましょう」
「え?」
良彰は挿していた自分の扇を彼女の手にもたせる。
「いつかまた、お会いするときまでに」
「…」
一方的で強引な約束。良彰は和歌を口ずさんだ。
「とどまりし天つ乙女子神さびて今日こころざすしめを忘るな」
(地上に留まった神がかった天女よ、今日私のものと思う気持ちを忘れないでください)
再び彼女の肌は羞恥で紅くなった。
しかし彼女は消え入りそうな声で、こう返歌したのである。
「天つ風はかなく結ひししめの内に我が身も空に消え果てなまし」
(天つ風が私のものと思う気持ちをもたらしたとおっしゃいますが、そのようなはかないご縁では、私も中空に消え果ててしまいそうです)
とっさに返歌をするとは。
ただのお飾りの舞姫ではないということか。
やはり天女のような、いや、それ以上に手応えのある女性であることだ。
良彰は彼女の視線を受け止めながら、思わず唇をほころばせた。
しめを結われた…心を奪われたのは、私の方かもしれない。
良彰はそう思った。
元服前の身でありながら、既に禁忌に手を触れる快感を知ってしまったのだから。