第1章 乙女の姿しばし留めん
簀の子に上がり、御簾の中に声をかける。
まだ元服前の角髪姿の良彰であれば、たとえ近づくのが禁じられている御簾のあたりにうろうろしていても、そうとがめられることはないはず。
良彰はそう踏んだのである。
御簾の奥に燈台の火がゆらめくのが見えた。
覚悟を決め、そっと御簾の中に身体を入れる。
誰も居なかった。
燈台の火は、屏風の間から見えているらしい。
良彰は光に目を奪われた羽虫のように、そのゆらめく火に近づく。
屏風の向こうに、人の気配があった。
小柄な女性が、良彰に背を向けて座っているのであった。
脇息にでも寄りかかっているのか、やや身体を斜めにしている。
彼女の正面には几帳が置かれているが、真後ろから近づく良彰にとっては、全く視界を遮る意味をなさない。
赤い唐衣に裳、領巾に結った髪。
その唐風の装いからして、先に参入した舞姫であるのは明らかであった。
特別に選ばれた随行者以外には、舞姫に近づくことは堅く禁じられている。
良彰はそれを知りながらも、引き寄せられる自分を止めることはできなかった。
強い風が、屋内にも入ってきた。
几帳が揺れ、屏風が揺れる。
一瞬消えるかと見えた明かりに、良彰ははっとする。
その気配を感じたのだろうか、彼女がゆっくり良彰の方を振り返った。