第1章 乙女の姿しばし留めん
次の瞬間、彼女は扇で顔を隠した。
髪に付けられた鬘が揺れる。
その動きは、そこにいるのが天女ではなく人であることを良彰に思い起こさせたが、既に止めることができないほど、良彰は彼女に魅せられていた。
良彰が少年らしい発想で領巾の端を引くと、上質の絹で織られた領巾は、かすかな音を立てて肩から滑り落ちた。
「羽衣を奪ってしまえば、天に帰ることはできますまい」
静かに囁く。まるで大きな声を出せば、それだけで天女が天に帰ってしまうかのように。
「…お許しくださいまし…」
消え入りそうな声でそう言うのがやっと、そんな風であった。
年の頃は、良彰と同じくらいであろうか。
その顔をもう一度見るべく、良彰は彼女の扇を持った手をつかんだ。
どうしてそのような大胆な行為ができたのか。今でも良彰はふしぎに思う。
無知ゆえの大胆さであったか。
いや、それ以上に天女にも見まがうこの少女に心を奪われていたということなのか。
舞姫として結い上げた髪は、少女の横顔を隠してくれなかった。
隠すものを奪われた少女の頬は羞恥に紅く染まっている。
ぞくり、と欲望が良彰の身体の中心を駆け抜ける。
この滑らかな肌に自分の唇をすべらせ、息もつけぬほど抱きしめてしまいたい。
「どなたか存じませぬが、お、お願いでございます…」
愛らしい声
「天に昇って行かれるというのか」
「…お、おたわむれを…」
「せっかく天女を捕まえたのですから、そう簡単には離しませんよ」
「ひ…人が、参ります」
「東北の陣で火事が起こったのですよ。しばらくはそれどころではありますまい」
「え?」
動揺した少女の隙をつき、良彰は唐衣ごと彼女を抱きしめた。