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誰が標め結ひし

第1章 乙女の姿しばし留めん


舞姫に奉仕する兄中将のもとへの使いを命ぜられた良彰は、西の対へ向かっていた。控室の御簾の外に兄の中将が控えているはずであった。
西の対の南の孫廂の御簾を下ろし、あふれるように見える衣の裾は、付きそう童女たちのそれであろう。
小忌衣に身を包んだ兄は、その御簾の外、簀の子に控えていた。庭を回った良彰は、下から声をかける。
「兄上、父上からの文でございます」
「わかった」
中将は文に目をやると、ふっとため息をつく。
「風の強い夜は火に気をつけよ、と。確かに脂燭の火でも燃え移ったら大変だからな」
「兄上、父上の提供された姫君は、衣裳が重すぎて立ち上がることもままならぬようでございますれば」
「やれやれ、父上の派手好みも困ったものだな」
中将は扇で苦笑を隠した。
その時である。
舞姫が参入する東北の陣のあたりで大きな声が上がった。
「火だ!」
「火が燃え移ったぞ!」
その声に、控えていた殿上人に動揺が走る。
「なんとまあ、まるで予言をしているようではないか、父上の文は」
いつもは皮肉めいた口調を崩さない中将の声にも、このときばかりは焦りの色が浮かんでいた。
簀子の上に控えていた公達も、御簾の内の女房や童女たちも慌てふためいた様子が見てとれた。
「良彰、そなたこの小忌衣でも着て、こちらの対に控えておれ。私は東北陣に向かう」
内裏及び帝を守るのは、近衛中将の職務でもあった。
「中将殿、大丈夫なのか」
控えていた公達の一人が声をかける。
「建物にまで燃え広がるようなことはあるまい」
そう言うと、頭の上からばさばさと青刷りの白い衣をかぶせられた良彰が返事をするのも待たず、中将は走り去っていた。
西の対に残された者たちはそれでも不安そうな様子で、寝殿を挟んでこちらからは見えない東北の陣の方に目をやる。
良彰は、万が一の際には濡れた衣を身につけていた方がよいととっさに判断し、小忌衣を肩にかけたまま、西の対の北側に回った。公達や女房が控えて身動きもとりにくい南廂を避け、北廂から水を所望しようとしたのである。
だが、そこに控えているはずの下っ端の者たちは、消火のために、あるいは単なる野次馬根性であろうか、東北の陣の方へ向かってしまったらしい。
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