第12章 10。
そもそも、その「木」自体は、周囲に生えている草木と何ら変わりはない。ただ、と過ごした思い出があるため、俺の中で特別に感じているだけだ。
それにしても、なぜ今まで気づかなかったのだろうか。いや、気づいたとしても何もできず、何も変わらない。が今どこにいるのか、生きているのか、それとも死んでいるのかさえ分からない。
それでも、俺はその「木」に視線を向けたまま身動きが取れず、目を離すことができなくなった。あの「木」には、二人で過ごした様々な日々の思い出が詰まっている。
そして、見つめ続けるうちに、次々とその思い出が脳裏に浮かんでくる。今さら記憶を掘り起こしても意味がないと理解しているが、どうしても視線をそらすことができなかった。
何度視線をそらそうとしても、そのたびに名残惜しさが残り、侘しさを感じてしまう。俺は強風に揺れる「木」を、室内に入ってくる湿気と土埃を含んだ風を全身で受け止めながら、見つめ続けた。
そして、しばらく見つめ続けた後、無駄な時間を過ごしている自分に呆れて、ため息をついた。その後、いい加減このままでは埒が明かないと感じ、視線を逸らして窓を閉めようとしたその瞬間…
『今、どこにいるんだろうね。会いたい?』
突然、俺の脳内にハンジの声と言葉が駆け巡り、心の中に突風が吹き抜けるように感じられた。咄嗟に体勢が崩れそうになり、片手で窓の取っ手を掴み、怪我をしていない足で踏ん張り、もう片方の手で顔を覆った。
昨夜ハンジと交わした会話の内容が、勢いよく脳裏に浮かび上がった。頭痛のような感覚が頭を締め付け、心臓はまるで警告するかのように早く脈打ち始めた。
そして、外から室内に入ってくる風の音が警告音のように響き渡るように感じ、昨夜ハンジと過ごした情景が繰り返し思い出された。俺は一瞬「うっ」と呻き、顔をしかめ片手で顔を覆った。無意識のうちに、その手に力が入った。
そして同様に、もう一方の手で持っている窓の取っ手にも力が入った。ギシッと、その取っ手が小さく不快な音を立てた。今、自分の視線がどこに向いているのか、分からなかった。