第2章 黒ずくめの男
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「すっかり遅くなっちゃったな……」
千代が男の声を初めて聞いて三日が経ったある日のバイト帰りの夜だった。
女の先輩と別れたあと、千代は暗い夜道を通って家まで帰る。
冬なので日が沈むのも早く、もうあたりは真っ暗だ。
なぜか気持ち悪くなりそうなほど、人の気配を感じた。
さっきからあとをつけてくる人物が確実にいるのだ。
「誰?!」
勢いよく千代は後ろを振り向くが誰もいない。
その一瞬の出来事だった。
千代の腕を身動き取れないように二人のスーツの男が掴む。
背負っていたリュックの紐が、肩からずれ落ちた。
「あんたら急になんなの、離してよ!」
「……抵抗しない方がいいと思うが?」
一人の男が千代の首にかけているペンダントを掴む。
父親の形見を軽々しく触られ、怒りが沸いた千代は男の手を強く足で蹴った。
「これが世界を壊すこともできる兵器の鍵か」
千代の顎を掴み、もう一人の男が顔を近づける。
「離して!!」
「山田野博士の娘……確かに似ている」
「あなたたち、父のことを知っているの?」
「そんなことお前には関係ない」
千代は二人の力に刃向かうかのように腕を動かすが、いつの間にかがっちり掴まれまったく身動きが取れない。
一人の男性が、千代の口にタオルを当てた…そのとき。
「女の子になーにやっちゃってんのかなあ」
千代を襲った二人の男を膝蹴りし、彼女の手を引いたのは金髪で長髪の男。
「あっ!カフェの嬢ちゃんじゃねーか」
「……え」
野球帽を被った髭面の男は千代に反応すると二人の男の腕を後ろにし、強く掴む。
そして、二人の背中の上に足を置いた。
「ねー、この人たち君の知り合い?」
長髪の男が千代に話しかける。
「こんな人たちのことなんか知りません!」
「それならなんであっちの方にいるあのお兄さんは、俺たちに拳銃なんか向けてんのかなぁ?」
二人の男の他に千代を誘拐しようとした人物はいたようだ。
少し先に何人かの男たちが、こっちに向かって拳銃を向けている。
千代はあまりのことに腰を抜かし、立ち上がることが出来なかった。