第2章 相模県箱根町 湯本温泉
客室からは、早川の流下が聴こえる。河床に複数の段差が設けられているため、元来の河川よりも騒がしいのだが、この場所においてはさほど不快でもない。
「都に住んでいると、あんまり気付かないけれど、虫さんの鳴き声って、時と共に変わるんだね!同じ町でも、朝と夕方と夜と、別の事を言っているのが聴こえる…」
地獄の果てまで私の隣に居る仁さんが、お茶を飲みながら景観を視聴している。多くの戦災に明け暮れる歳月を過ごして来た私達にとって、こうして心身に余裕を感ずる時間を持つ事は、掛け替えなき機会なのだろう。特に人間は、心の拠り所、あるいは逃げ場と言うか、精神的価値を探し求める存在だと聖姉さんは言っていたが、確かにそうなのかも知れない。
「あら、覚えていてくれたのですね^^」
姉さんの反応に微笑みながら、なおも曇り続ける天空を仁さんと共に見上げると…。
「…あ!また空が光ったよ!雷かな?」
今度は私の眼にも、明白に見えた。だが、落雷にしては随分と静謐だ。答えは勇姉さんが導いた。
「あれは伊豆の反射炉よ。いや、今はもう『反射砲』とでも呼ぶべきかもね。伊豆には昔から、鉄鉱石を放射熱で大砲に溶錬する遺跡があるけど、世の中には変な事を思い付く人が居てね、その技術を一体化させたのよ」
「反射炉」と「大砲」を、一体化?それって、まさか…。
「そうよ。反射炉の熱で大砲を造るんじゃなくて、熱自体を大砲にするの。増幅させたエネルギーを、電磁波光線として放出する…まあ、レーザー兵器みたいな物ね。主導しているのは多分、堀越(ほりごえ)さん達でしょう」
堀越碧(あおい)、称号は国司「駿河守(するがのかみ)」。駿河県令と駿河旅団長を兼任する、静岡の軍閥である。十三宮家の古くからの守護者であり、人民共和国時代には、独裁政権の宗教迫害に抵抗し、幼き姉さん達を守り抜いた。現在は、日本帝国東京政府に忠誠の態度を取り、彼らの信任を得る事で、かつて「静岡県」と呼ばれていた伊豆・駿河・遠江(とおとうみ)の自治を担っているが、十三宮教会の意向に沿った行動も多く、実態は聖姉さんの傀儡である…などと説明したら、姉さんに怒られそうな気がしない事もない。
「…怒りませんよ?」
それは良かった。だが、堀越駿河が「反射砲」などという新兵器に手を出した理由は?