第3章 東京市大森区 平和島
山路香奈は、神戸における須崎配下の修道女だが、詳細な経歴は不明である。少なくとも、家族を皆殺しにされてテロリストに走り、結果として瀬戸内を泥沼戦争に沈めた事件の張本人…などと云う話では(きっと)ないはずだ。それはともかく、須崎司祭の悲哀に関しては、一方の責任者だった姉さんも理解している。あの海をめぐって見て来た、数多の無惨な死も…。
「ええ、決して忘れてはなりません…ですが、今は前に進まなくては…あの忌まわしき対小惑星隕石砲とやらを、一刻も早く!」
「聖様は御存知ですか?対小惑星隕石砲に秘められた、もう一つの目的を…」
「地球文明を守護するというのは表向き。本当は最初から、大陸間の戦争を想定した軍事兵器だった、などと伺っておりますが…」
「実は、その先がございます。軌道上に残る小惑星の破片を砲撃すれば、隕石を人為的に落下させる事ができます。1位だか2位だか知りませんが、スーパーコンピューターとやらで世界最速の演算を行えば、落下地点の指定など容易です。そして…レールガンの射程を延長すれば、理論上は月や火星なども狙えます。もし将来、地球の支配者に従わぬ方々が、それらの天体に脱出した場合、これを使って…」
須崎司祭の話を聴くに従って、姉さんの表情が暗転する。しかも、今までの落胆とは明らかに様子が異なる。
「…!なんでしょうか、この幻影は…?」
姉さんの脳裏に、絶望的なビジョンが突如浮かんだ。全世界へと触手を伸ばす、恐怖による支配。憎悪の連鎖、次々と滅亡する国家。決して開けてはならない、異世界への扉。復活の邪神、「神の右手と、悪魔の左手」を持つ少女。そして…再び地球に迫り来る、巨大な小惑星の陰影。しかも、この幻覚を覚えたのは、実は今が初めてではない。
「…能登守(のとのかみ)様?」
「能登百花ですか?」