第3章 東京市大森区 平和島
思い起こすは能登彼岸(ひがん)、称号は「百花繚乱」など。数年前、当時の橘立花や勇姉さんと共に特務機関にいた人物で、聖姉さんとも親しかった。生け花を愛で、華道を極めた芸術家であり、聖姉さんに心を読まれる隙を一切与えぬほど、常に静寂で波立たない精神の持ち主であった。姉さんとは、現代社会の重大課題である「能力者と一般市民の共存」に関して議論する事が多く、親交のあった数年間、十三宮聖は能登百花から多大な智慧を学んだ。「言ノ葉学園」という未詳地域の調査に向かって帰還せず、後に死亡情報が伝えられたが、今なお姉さんにとって、強く尊敬する先達の一人である。
ただ…一つだけ、気になる事があった。能登百花と関わるようになってから、聖姉さんは時折、世界が破滅するかの如き幻影に襲われたのである。もしそれが能登自身の意志であるならば、それは彼女の心中にこそ見出せるはずだが、そのようには感じられなかった。しかし、能登百花の失踪とほぼ同時に、あのビジョンも見えなくなった点には、何らかの因果を疑った。それが今、再び見えるという事は…。
「能登守様には、無意識でも、天地の行く末を暗示する何かがあったのかも知れません。惜しい方を失ったものですね…いずれにせよ、そのような恐るべき兵器は、技術自体を葬る必要があります!後代の方々が、誤って悪用しないために」
「技術を封印、ですか…そのような事ができれば、誰も苦労しないのですが…」
「前から気になっておりましたが、優和様はどうして、そこまで軍学にお詳しいのですか?対小惑星隕石砲など、機密も多いかと思いますが…」
今更ながら須崎司祭は、教会内でも武断派の津島三河や、是々非々の堀越駿河とは異なり、元来は聖姉さんよりも反戦的で、軍事研究を忌避して来たはずの平和主義者であった。
「力が支配する世界の構造を変えるためには、例え嫌いでもその『力』について知識を得る必要がございます。それに…私はかつて、亡き父と共に『イザナミ計画』を…」
須崎司祭がまた虚しそうな表情を見せたのも束の間、警報が鳴り響いた。寿能城代が、大急ぎで事態を確認する。
「破壊措置命令だ!先刻、対小惑星隕石砲の発射を確認したとの事!大森区も迎撃態勢を取れとお達しか。区民の避難は完了しつつあるから、残るは…皆、訓練通りに頼みます!」
「遂に来ましたか…優和様、急ぎましょう!」