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【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第4章 番外篇・僕と『ヒゲ』


『ある種の1stインパクト・1』

『場末のコーチ』を自認する藤枝は、かつて勝生勇利と1、2を争っていた事もある故障明けの元強化選手、上林純とのレッスン初日の大半を口論に費やした。
お世辞にも率直過ぎる自分の言動がコーチとして向いているとは言い難いが、なまじ頭の回転が速い純の理屈めいた反論を聞いている内に、つい藤枝も熱くなってしまったのである。
年齢に加えて、膝の故障から一時純が全てから逃げ出していた事もあり、競技復帰の際も過去のコーチ達からは門前払いを食らった挙げ句藤枝の所へ辿り着いたので、競技者としての晩節を自分のようなコーチの下で過ごさなければならない事に同情もしていたが、レッスン開始から10数分でその想いは粉々に吹っ飛んだ。
内心の苛つきを覚えながら、純に伝え忘れた事を思い出した藤枝は、未だ彼がいるだろう更衣室の扉を開けたが、直後スマホを手に両目を溢れんばかりの涙で潤ませている純に遭遇した。
「どうした?」
「ぁ…」
思いの外幼い純の泣き顔を見た藤枝は、先程の怒りも忘れて問い掛ける。
「ンなにきつかったか?これ位で音ぇ上げるようじゃ」
「違うわ。今、留守電に…あおいちゃん…飼ってた犬が天国、逝ったって…」

「あおいちゃん」とは、純が小学生の時から飼っている小型のブルテリアである。
元気だった頃は、純が学校や練習に行く度に玄関で見送りや出迎えをしてくれたが、純が故障をした頃から老犬となったのもあり、寝てばかりの日々を送っていた。
しかし、競技復帰を決めた純が藤枝との初レッスンに出掛けようとした際、覚束ない足取りながらも本当に久し振りに玄関までやって来たのだ。
「あおいちゃん、見送りに来てくれたんか?有難う。僕、また頑張るからな」
頭や背を撫でる純に尻尾を振りながら、「あおいちゃん」はひと声バウ、と鳴くと家を出る純の姿をいつまでも見つめていたのである。

「…苦しまずに眠るようやったって。犬種にしては充分長生きしてくれたから、覚悟はしとったけど…きっとあおいちゃんは、僕の事が気がかりで、中々楽になれへんかったんや…せやから今日、練習に行く僕を見て安心して…でも……」
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