第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『精霊との休日』
コテージ横のサウナへ入った礼之は、軽く祈りを捧げた後、慣れた手付きで火を起こした。
彼の生まれ故郷であるフィンランドでは、森や湖同様サウナにも精霊が棲むと言い伝えがある。
日本人である事を自負している礼之だが、拠点を日本に移した今でも湯船よりサウナの方が好きな所は、半分流れるスオミの血のなせる業かも知れない。
つい数10年前までは、スオミの女性はサウナで子供を産み、また死者を湯灌する時にもサウナを使用していたと聞いた事がある。
(サウナは人生の入口と出口…か。今の所、僕は日本で生涯を終えるつもりだけど、魂の一部はこのスオミの森にも辿り着くのかな?)
次第に熱と蒸気が辺りを包み込むのを確認すると、礼之は未だコテージのベッドで眠っているだろう恋人を呼びにサウナの扉を開けたが、そこへタイミング良く礼之の大好きな白樺の若葉と同じ色の瞳を持つ当人が現れる。
「起きたんだ」
「窓からサウナの煙が上がるのを見たからな」
バスタオルと飲水を手にしたユーリは、裸にパーカー姿でサウナの中に入って来た。
勝生勇利の引退後、新世代の男子シングル双璧とも呼ばれる礼之とユーリが恋人同士なのは、一部を除いてトップシークレットである。
競技中はライバルとしてしのぎを削り合っているが、オフシーズンになると、互いのダーチャやコテージで一緒に過ごす事が、ほぼ習慣となっていた。
出会った頃より互いに体格も良くなり筋肉もついているが、今でも礼之は、ユーリを見る度「神話に登場する精霊のようだ」と思う事があるのだ。
「…何だよ?」
「ユリは綺麗だなって」
「お前って、昔からこっ恥ずかしい事ばっか言うよな」
「だって、本当の事だもの」
「それ言うならお前だって…真っ直ぐな所は、ちっとも変わってねぇ」
「…僕、成長してない?」
「バーカ!…それがいいってこったよ」
サウナだけが原因でなく頬を上気させたユーリに、礼之は微笑むと彼との距離を詰める。
「後で、すぐそこの湖に行こうか」
「シャワーより気持ち良いかもな。それに…」
「ん?」
「湖でもお前と一緒だと、ベッドやサウナと同じ位暑くなるのか試してみたい」
少しだけ慌てた素振りを見せた礼之に、ユーリはまるで精霊のように悪戯っぽい笑みを浮かべた。