第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『寒い隔たりと、暖かな想い』
オタベックの遠征中、守道は気候の急激な変化から風邪を引いた。
大学の試験までは気を張っていたが、それが済んだ途端ダウンした守道は、ここ2日ほど寝込んでいたのだ。
「大丈夫なのか?もうすぐ戻るから、見舞いに」
「来るな!」
間髪入れずに拒絶されたオタベックは、スマホの向こうで言葉を詰まらせる。
「今、君に感染したら大変だ。頼むから来ないでくれ。俺の事は心配しなくていい」
「だけど、その声…」
恋人の表情がどうなっているか容易に想像がついた守道は、努めて優しく言い直したが、風邪によるガラガラ声では説得力がない。
「声だけだよ。いざとなったら救急に電話するから」
「その前にちゃんと診察に行ってくれ!」
「ああ、君も今は試合の事だけ考えて。流石に話し続けるのがキツいから切るよ」
強引にオタベックとの電話を切った守道は、直後激しく咳き込んだ。
事前に買い込んでいた食料その他が残り少なくなってきたが、守道の症状は改善しなかった。
「参ったな…ここがアスタナなら、父のコネで大使館の医務室に駆け込めたかも知れないが…」
カザフでは観光地やホテル以外で英語はまず通じないし、守道もロシア語は一応出来るが、不調な中細かい病状を伝え切れる自信がない。
ここから遠いが大病院の外国人セクションに行くかと思った矢先、呼び鈴が鳴った。
スコープ越しに身なりの良い男の姿を確認すると、守道はチェーンを掛けたまま少しだけ扉を開ける。
「篠守道さんですね」と流暢な英語で尋ねてきたその男は、とある病院から来た医師だった。
困惑する守道を他所にテキパキと診察を済ませた医師は、電話で薬を届けるよう手配していた。
やがて「お大事に」と退室する医師を、守道は慌てて呼び止める。
「あの、診察代は」
「貴方の保険も確認しましたし、諸々の経費は既に頂いておりますのでご心配なく。本来ウチは往診は行っていないのですが、他ならぬ我が国の『英雄』直々の依頼でしたので、特別です」
「え…」
医者を見送った守道は、LINEに届いていた心配顔と泣いているテディベアのスタンプを確認すると、「有難う。治ったら、一緒に何処かへ出かけよう」と返信した。