第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『それは禁句』
ぺちん、と少々間抜けな音と共に礼之の揃えた左の指先が、ユーリの右頬に当てられる。
「…それ、本気で言ってるの?」
いつになく怒気を孕んだ礼之の声に、ユーリは頬に走った僅かな痛みも気にならぬほど、目を見開いた。
日本とロシアで遠距離恋愛を続ける礼之とユーリは、中々会えないもどかしさや寂しさ等もあって、時折喧嘩をする事がある。
その大半が、ユーリの減らず口や礼之の頑固さが原因なのだが、たまたま遠征先が重なった試合の後、些細な切欠から口論に発展した際、ユーリの「そんな面倒臭ぇ事ばっか言ってんなら、もう俺達別れるか!?」という喧嘩腰の言葉を聞くや否や、それまで憮然としながら恋人の雑言を受け止めていた礼之の青い瞳が怒りの色に変わり、先刻の行為に至ったのである。
「僕も完璧じゃないから、時々ユリを怒らせちゃうと思う。だけど、単なる駆け引きや試す為だけにその言葉を口にしたのなら、許さないからね!」
凄みを帯びた礼之の語気と剛毅な視線に、ユーリは軽く叩かれた頬に手を当てたまま、やがて大粒の涙を零し始めた。
しゃくり上げているユーリに1つため息を吐くと、礼之は彼の身体を抱き寄せた。
「不満や不安がある時は、八つ当たりでもいいからちゃんと言って。年下で頼りないかも知れないけど、僕は君の恋人として、君を愛し大切にするって誓ったんだ」
「うぅ…」
「それと、本当に僕の事が嫌いになったのならともかく、『絶交』『別れる』って言葉は軽々しく口にしちゃダメ。これが僕じゃなくてユリの友達や家族でも、言われたら物凄く辛いし悲しい思いをするよ」
「…っ、ゴメン…礼之…」
「うん、僕も叩いたりしてゴメンね」
か細い声で謝罪の言葉を呟くユーリに、礼之は、初めて恋人に手を上げてしまった事を猛省しながら、仄かに赤くなっているユーリの頬に唇を寄せた。
同じ滞在先だった2人はエレベーターに乗り込み、先に目的の階に着いた礼之はエレベーターを降りようとしたが、
「今夜は…一緒にいて、欲しい…」
ユーリにジャージの裾を掴まれたのに気付くと、そのまま恋人の部屋まで上がっていった。