第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『サムライの、おろしや国氷滑譚』
「伊原礼之です。こんなナリしてますが、日本のフィギュアスケーターです。よろしくお願いします」
オフシーズンを利用してロシアに短期のスケート留学に来た礼之は、辿々しいロシア語で挨拶をするとリンクの中央でペコリと頭を下げた。
最近ユーリとライバル争いを繰り広げている『青い瞳のサムライ』の来訪に、周囲は現在は拠点を日本に移した『漆黒のモンスター』勝生勇利とは違った興味を覚えていた。
「…お前が『サムライ』か。少しはやるようだが、ウチのユーリと対等に渡り合うにはまだまだ、だな」
「おいジジィ、何礼之に余計なプレッシャーかけてんだよ!」
だが礼之は、ヤコフの鋭い眼光と容赦のないダメ出しを正面から受け止めると、口元に笑みを浮かべながら会釈を返した。
「大丈夫。鬼コーチのヤコフ・フェルツマンには、ダメ出しされるよりも褒められた方がおしまいだ、って聞くから。少なくとも、僕はユリのライバルたる資格があるみたいだね」
さして気にした風でもなくあっけらかんと語る礼之にユーリが安心していると、彼の眼差しが自分に注がれているのを感じた。
「何だよ」
「ううん、短期間だけど一緒にリンクで滑れると思うと、ドキドキしちゃって…僕のユリを、こうして間近で見つめたかったんだ」
「バカ野郎!そーいうのは…ふ、2人きりの時にしろよ」
間髪入れずに声を荒げたユーリだったが、続けられた言葉はボソボソとか細いものだった。
「ゴメン。でも、2人きりの時のユリと同じくらい、リンクのユリも僕は大好きだから…ダメ?」
「別にダメとは言ってねぇだろ。でも…恥ずかしいからあんまガン見すんな」
「努力はするけど、僕はすぐユリに見とれちゃうから、難しいかな」
「…バーカ」
そう悪態つくものの、ユーリの頬は羞恥その他で染まっていた。
「ちょっと誰よー、私のコーヒーに砂糖の山盛ったの」
「これも愛、か…『サムライ』は、ユーリの心までもを捕えていたのだな」
例の『師弟』とは別の新たな驚異の存在に、ミラとギオルギーは、リンクサイドから様々な感情による視線を、若い2人に注いでいた。