第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『沈着の香り』
「痛たた!無理無理、そんなん曲がらへん!」
「あはは!身体が柔らかい純も、指の柔軟性は普通だったんだね♪」
ピチットからタイ舞踊の手の形を教えて貰っていた純は、余りの手指の反り返り具合に悲鳴を上げた。
「流石ピチットくんは、綺麗に手指が曲がるんやな」
「ふっふーん、タイの子供は学校で習うからね」
見事なタンウォンの形を取りながら得意げな顔をしたピチットだが、不意に近くから漂う心地よい香りに鼻を鳴らした。
「…良い匂い。純、白檀の香水つけてる?」
「ああ、昔から練り香を使うとるけど」
「白檀は僕も馴染みのある香りだから、凄く気分が落ち着くんだ。今回純が作ってくれたプログラムも、とっても気に入っちゃった!」
純が作ったピチットのSPは、タイ舞踊の要素も取り入れるなど、まさにピチットにしか表現できない独特の魅力と雰囲気を醸し出していた。
「白檀の花言葉は、『平静』『沈着』なんだよ。純のイメージにピッタリだと思うし、そんな純のプロで滑ったら、僕も沈着になれるかな?」
「このプロは、君のイメージに合わせて作ったんや。時間の許す限り、納得行くまで付き合うで」
「有難う!そうだ、あと純にもう1つ頼みがあるんだけど」
人差し指を立てながらこちらを見つめてきたピチットに、純は小首を傾げた。
GPS中国大会にアサインしていた勇利は、リンクサイドで滑走順を待っていると、ふと鼻孔を馴染んだ香りが擽るのを覚えた。
「…純?」
「残念、愛人じゃなくて親友のピチットくんでしたー!」
今純は日本なのでここにいる筈がないのだが、ピチットの衣装から香る白檀の匂いに、勇利はつい友人の名を口にする。
「実はね、純の使ってる香を譲って貰って、衣装に焚きしめたんだ」
「道理で純と同じ匂いがすると思ったよ」
「純の振付を上手に滑れるのは、勇利だけじゃないから。負けないよ!」
「頑張ってね!」
『ピチット・チュラノン今季のSPは「Subconscious Asian Soul」です!』
沈着の香りに包まれながら、ピチットは新たな自分への挑戦を始めた。
※元ネタは昔大好きだった某音ゲーのナンバーから。