第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『2人を繋ぐノルンの糸』
「ちょっと待って!そこの…!」
公式練習を終えて会場内を歩くユーリの背に、聞き慣れぬ女性の声がかけられた。
何事かと振り返ると、何処となく見覚えがあるような眼鏡の少女が、ゼエゼエと息を切らしつつ、小走りにしては緩慢な動作で近付いて来た。
「お前、大丈夫か?ンな程度で息切らせて」
「ハア…ハア…大丈夫。ちょっと、心臓に…軽い疾患が、ある、だけ」
「…それは『大丈夫』とは言わねえんだよ、バカ!」
弾かれたように返すユーリに構わず、やがて呼吸を整えた少女は、ユーリの衣装を指差す。
「袖の付け根がほつれてる」
「マジか?やべ、さっきの練習でどっかに引っかけたか…」
少女の指摘に、ユーリは会場の鏡で確認すると、軽く眉を顰めた。
「綻びが広がったら大変よ。じっとしててくれる?」
否や、少女は下げていたショルダーバッグからソーイングキットを取り出すと、慣れた手つきで針に糸を通す。
背後の少女から漂う香りと雰囲気に、何故か少しだけ心が躍りかけたユーリだったが、
「はいOK。引き攣れとかない?」
あっという間に綻びを繕った少女の声に現実に戻され、腕を動かすもどこも違和感はない。
「平気だ、サンキュ。お前器用なんだな」
「これでも服飾の学校に通ってるから。兄貴の衣装も作ってるし」
「へえ」
「この頃はちょっと有名になってきたから、プロのデザイナーに頼む事も出来るのに、私の衣装が良いって…あのシスコンの甘ちゃん」
「そう言うなよ、良い兄貴じゃねぇか。妹の作った衣装で滑れるのは嬉しいさ」
「ホントにそう思う?」
「あ?ああ」
「ふーん…」
曰くありげな表情をする少女に、ユーリが益々既視感を覚えていると、少女のスマホが鳴った。
「噂をすれば兄貴からだわ。それじゃ、貴方も試合頑張ってね」
「おう、世話になったな。えーと…」
「私はメルヴィ。メルよ。それと、くれぐれもアレク…兄貴には、私が走った事内緒にしといてくれる?」
「へえへえ。でも俺、お前の兄貴なんて判んねーぞ?」
「あら、そんな筈ないでしょ?うふふ」
「?」
果たしてユーリの疑問と少女メルへの既視感の正体は、
「メルちゃーん!今回の衣装も最高!」
「そういう事かよ…!」
キスクラで双子の妹の名を呼ぶ伊原・アレクシス・礼之によって、明らかとなったのであった。
