第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『君の歌は、僕の翼・2』
純の伴奏で歌う勇利の姿を嬉しそうに見つめながら、ピチットは頭の中で、この歌でどんな風に滑ろうかと考えを巡らせる。
デトロイト時代、練習から戻ったピチットは、そこでルームメイトの小さく澄んだ歌声が、鼓膜を刺激するのを覚えた。
もっとも自分の帰宅に気付いた彼は、顔を赤くさせて黙り込んでしまい、その後いくら頼んでも決して歌ってはくれなかったのだが。
勇利の帰国から間もなく拠点をタイに移したピチットは、ある時何気なく聴いていたこの曲から、親友の事を思い出した。
「きっと勇利なら、この曲を歌っても僕の耳と心をワクワクさせてくれるんだろうな」と。
どうにか録音を済ませた後、勇利や純と話し合って振付も作ったピチットは、「早速滑りたい」と2人をせっつき、一度勇利の家に戻ってスケート靴その他を携えると、アイスキャッスルへと車を走らせた。
「ちゃんと撮ってね!勇利、僕のスマホは任せたよ!」
「はいはい」
ピチットの無邪気な笑顔に、優子に言って施設の撮影機材を借りた勇利と純は、苦笑しつつも彼の望むようにした。
ピチットの帰国から暫く経った後、彼のSNSからとんでもない映像が公開されたのを知った勇利と純は、またもや悲鳴を上げる羽目になった。
「ピチットくん!」
「ごめーん、溢れ出るSNS魂を抑え切れなくて。だけど、あくまで『リンクでの遊び』と題して、一部しか載せてないよ?」
「『この声、勇利くんじゃない?』『なら、伴奏は又上林か』って、早くもバレとるやないか!僕らかつてのユーロに続いて、アジアからも公開処刑かい!」
「そんな大袈裟な。あっ、でも僕のSNS見たチェレスティーノが、今季のEXにいいんじゃないかって言ってるんだけど、どうしよう?」
「全力でやめて!」
「…今からシニョーレ・チャルディーニに、サシでナシつけさせて貰うてもええか?つうか、イチゴ返さんかい!」
「無理だよ、もう食べちゃったもん。あれ凄く美味しかったよ!」
そんな2人の足掻きも虚しく、今季のピチット・チュラノンのEXの1つに、男声によるメンデルスゾーンの『歌の翼に』が採用され、それを巡ってヴィクトルも含めた小競り合いが勃発したものの、そのプロを心底嬉しそうな表情で滑るピチットの評判は、上々だったという。
