第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『風雅人と東方の賢者見習い』
「人生には、2通りの後悔があるそうです」
プレゼミ生として環境建築学教室に入った1回生篠守道の言葉に、純は片眉を上げる。
新入生がこのゼミに迎えられるとは、随分と教授に見込まれたものだと前々から感心していた純だったが、一見飄々とした守道の、しかし今の自分の腹を探られるような物言いに、ここではあまり耳馴染みしない彼の東京弁と合わさって、無性に純を苛立たせていた。
「1つはやらなきゃ良かったという後悔、そしてもう1つはやっときゃ良かったという後悔です」
「…何が言いたいねん」
「飽くまで俺の私見ですが、純先輩は間違いなく後者のタイプでしょうね」
続けられた言葉に、純は無意識に己の膝に手を当てる。
オフシーズンの練習中に膝の靭帯を全断裂してしまった純は、連盟に届こそ出していないものの、ほぼスケートは引退状態にあった。
元々学生卒業と同時にスケートは辞めるつもりでいたので、それが少し早まっただけだと言い聞かせる一方で、完全にスケートへの未練を断ち切るまではできず、時折リンクでただ滑る事を繰り返している自分もいた。
(勇利くん。僕は…)
そして今も、シニアで1人孤独に戦い続ける自分と同い年の彼は。
「そういや先輩、教授に卒業したら大学に残って講師になるよう勧められてるみたいじゃないですか。流石は、ウチのゼミ1の秀才にして今年度の総代候補」
「センセが勝手に言うてるだけや。まだ何も決めてへん」
「…へぇ。じゃあ、これからどんな後悔をするのかも先輩次第って事ですか」
「ホンマ、1回生のクセに食えんやっちゃな」
「あ。俺、一浪してるから歳は2つ違いですよ」
「後輩は後輩や。どアホ」
忌々しげに守道を横目で睨みつつ退室した純だったが、彼の言葉はいつまでも心の底に引っかかっていた。
「お父ちゃん、お母ちゃん。お願いがあります。もうあと2年だけ、僕にスケートを続けさせて下さい」
両親の前で頭を下げた純が大学院の進学を決め、本格的にスケートを再開したのは、それから間もなくの事であった。
─NEXT TO『The Gift of the Fool(愚者の贈り物)』─