第11章 眠れない夜(煉視点)
何だろう、と意識を研ぎ澄まし、気配の主を捜した先にいたのが佐奈…だった(もちろん、当時は彼女の名前も知らなかったが)。
ガラス越しの廊下の向こう、当然彼女はこちらなんて気づかないし、自分にしても、彼女をはっきりと目視できる距離ではなかった。
人間には気づけるはずもない距離…まして、多くの擬人化以前の獣の群れにいる赤い狼の視線なんて、知るはずもなかったろう気になる気配…その生き物それぞれが纏う、人間には感じ取れない匂い……。
でも、その気配を察した自分は、何故か無性に気になった。
獣の勘は鋭くできている。
近づく相手が敵かどうか…自身にとって害となるか否かを、野生であるほど必死に見定めようとし、警戒する。
そして同時に、己の気を強く惹く存在…そうした相手もまた、時として鋭く察知することもできた。
もちろん、こうした能力にも個体差というものがある、が、勘の劣るものは、野生にあっては大抵長生きできない。
そしてあの時、感じた感覚は……。
気になって…というより、今にして思えば、気に入っていたのだろう、と自覚できる。
でもあの時は、慣れない環境に囲まれ、知らないことだらけで、擬人化してからは一時的に勘が鈍ったり、カリキュラムが満載だったりで、一度だけ感じた気配と、遠目に見た姿の主を考える余裕なんて、すぐになくなった。
だがしばらくして、自分が誰かの生徒になるかもしれないという、師弟関係の仕組みを知った時になって、ふと『あの気配』を思い出した。
あの気配の持ち主が『先生』になったら、良いかもしれない。
その時には、そのくらいの…軽い気持ちで。
そうして…その後に現実となった一人目の先生とのことは、まあ…あの通りだ。
はっ…と、静かに息を吐いて、煉は改めて佐奈を見た。
あんまり見つめるとよろしくないので(煉的に色々と)、ちらり、と見遣る程度に、だけれど。
(あの夜…あそこにいるなんて、思わなかった)
まして彼女があの時点で、擬人化の先生になれる資格を持っていたのも、本当に偶然というのか、煉自身もあの瞬間には知らないことだった。
(そもそも、先生になるのに資格が必要なんて、あの頃は知らなったしね)