第10章 夜語り
煉の腕はといえば、既に解けているとはいえ、まだ十分な至近距離。
煉より身体の小さな佐奈が彼を見上げれば、それは当然上目遣いな状況になるわけであって、それは自然な構図だったし、佐奈にすれば何ら意図したわけではなかったのだが。
(だから…ああ、もうっ)
煉にすれば、それは更なる追い討ちに等しかった。
彼女の泣き笑いが可愛くて。
それでくらくらしながら、それでも平静を保って我慢(?)しているところへ、
(上目遣いとか…やめてくれないかな、まったく)
なんて、もはや男心か狼心かなんてことは不明だが、何やら色々大変らしい煉の葛藤など知るよしもなく、佐奈はじーっ、と見上げてくるので。
「な、なに?」
我ながらちょっと挙動が変かも…なんて、そわそわしながら煉が応じれば。
「それ」
「え?」
「喋り方、変わってる」
指摘された途端、煉自身までもが、そうだった、と今更ながらに自覚した。
「あー…これは、その……」
佐奈の前での口調は、これまでずっと、いわゆる丁寧語というものに終始していた。
のだが、今はまるで普通の物言いと化しているのだから、不審に思われても仕方がない。
「これは…ね……」
呟きながら、煉は最初の先生となった彼女との初めての面接時を、佐奈の前で追想した。
緊張と不安と、そして初対面の…自分の先生になるかもしれない、つまり目上に当たる相手への対応として、当時はまだ、たどたどしかった丁寧語を用いたこと。
そして、それは彼女の生徒となって以降、その日々に馴染めない中にあっては口調が砕けるわけもなく、丁寧な物言いがそのまま定着してしまったらしい、と自ら分析するように結んで、煉は苦笑する。
そんな顛末に、佐奈は目を瞬かせた。
「じゃあ、今の喋り方が素ってこと?」
「まあ、そう言われれば、そう…なのかな」
煉は唸るように首を傾げた。