第9章 先生
しかし対する煉はというと、何でもなさそうに軽く頷いていた。
「うん。そうだよ。お陰で俺は今度こそ『先生』に会えた。先生はさっき、俺は何も悪くないって言ってくれたよね。先生は『ごめんね』って言うけど、先生だって何も悪くなんかない。俺は、先生に救ってもらったんだから」
「煉」
「最初に失敗して、トラウマ抱えた俺を、先生は救ってくれたんだよ」
『先生』なんて…と思って。
もういっそ、ただの狼に戻った方が良いのかもとさえ、あの頃の自分は思った。
でももう一度、擬人化としてもう一度だけ進んでみようと思えるようになったのは、今、こうして過去を話して、それでも笑うことができるのは、佐奈という先生を得られたからだ。
家事が苦手だろうと、ちょっとおっちょこちょいだろうと、それも面白かったり、可愛いな、なんて思えるようになったのは、相手が彼女だからだ。
あの夜、半ば強引に(実際に強引に進めたのはシオンだが)擬人化を押し付けられるような形で先生になった(というより、させられた)にも関わらず、佐奈は一生懸命に、真っ直ぐに見ようとしてくれて、今も、こうしてちゃんと向き合ってくれている。
その何もかもが、自分に力を与えてくれた。
「先生は自分のこと、先生としてまだ駄目だとか言って落ち込んでることがあるけど」
「っ!!」
瞬間、何でそんなこと知ってるの!?と佐奈の目が語る。
煉は、とっくに知ってるよ、とくすくす笑った。
「俺がリビングにいない時とか、そこのテーブルに突っ伏して、時々一人でぶつぶつ言ってるよね」
「!!!」
「俺、耳が良いんだ」
元が狼だからね、と言われてしまえば、なるほど、その通りだ。
擬人化していようと、本物の人間にならない限り、狼本来の能力はそのまま彼に宿っている。
人より何倍も勝るという、耳も、鼻も……。
「ぅぅ……」
失敗した、とばかりに、佐奈は苦い顔で首を竦めた。