第8章 追想
生まれ持った獣の姿から、初めて擬人化したもの達の多くは、獣時に持ち合わせていた感覚が一時的鈍ったり、狂ったりすることが多い。
それは擬人化に関する知識の一部として佐奈も学んだことの一つだったが、身をもって体験した煉のそれは、人間には想像も及ばないものに違いない。
押し黙ったまま耳を傾ける佐奈に、煉は続けた。
「他の獣達と同じで、俺も一時的に狼としての勘が鈍ったけど、すぐに元に戻るだろうと思ったんだ」
事実、研究所の所員からもそう説明されていたし、煉も当初はそれほど気にしなかった。
でも現実は…自分の場合は少し違っていた、と煉は嘯いた。
鈍った感覚を取り戻すこと、そして、擬人化した身体に慣れること、それらは当然個体差というものがあり、それもまた所員から説明されていたことではあった、が。
煉の場合、擬人化した身体には比較的早く適応したものの、鈍ってしまった狼の勘はなかなか戻ることがなかった。
しかし、そうしている間にも、研究所内でのカリキュラムは日々進んでいく。
半ば追われるように過ごしたかつてを、煉は時にちらり、と佐奈の様子を確かめるようにしながら語った。
「狼だった頃なら当たり前に感じた匂いとか音とか、そういう、耳や鼻や、気配を察する能力とか、とにかく前は当たり前にあったはずの能力が鈍ったままで、時間だけが過ぎていったよ。さすがに気になって研究所の人に相談したこともあったけど、個体差があるだけで、ちゃんと元に戻るから心配ないって言われるだけだった」
そしてそんな中にあっても、カリキュラムは相変わらず続いたと、煉は継いだ。
擬人化したばかりの数ヶ月、煉を含めた面々は研究所に設けられた施設…言わば寮のような場所で個室を与えられて日々を過ごし、その中で同じ擬人化間の仲間意識や、コミュニティといったものを次第に育んでいく。
それもまた、人間社会に適応する為の一環だと告げられ、煉にしても例外なく、他の擬人化達同様の生活を送り、顔見知りや友好関係を築いたりもした。
そうしてこなしていったカリキュラムの終わり、修了試験を合格した煉は、ある人物との面接を告げられた。