第7章 月明かり
煉の去った廊下を進み、ドアの前に立つ。
「煉……」
呟いて、佐奈は次の言葉を探した。
もう夜も遅い。
今の彼は、このまま一人になりたいのかもしれない。
あるいは、そうじゃないかも…しれない?
考えても、佐奈にはどうしたら彼に一番良いのかが分からなかった。
この三ヶ月、彼の先生として傍にいて、少しは彼を理解できたつもりではいたけれど。
辛そうとか、哀しそうとか、そうした彼の弱さのようなものを、一度も見たことがない。
犬や猫、兎などの擬人化に比べ、狼はそういう部分で他の種より孤高を保とうとするような、プライドが高いところが見られがち…とは、彼の先生になってから、狼の擬人化について色々調べた資料にあった記載の一つだ。
ふと遠い目をするような仕草は見せても、はっきりとした弱さや脆さを見せない煉は、確かにその資料の記述に当てはまるのかもしれないが、だからといって。
(このまま、なんて……)
このまま何事もなかったように過ごすのも、かといって、彼の過去を蒸し返すような真似をするなんて尚更に躊躇ってしまう。
(私…どうしたら良いのかな……)
こういう時、良い考えが浮かばない自分に自己嫌悪しながら、佐奈は意を決するように拳を握ると、こん、と目の前のドアを叩いた。
「もう遅いから、今からご飯食べるのも良くなさそうだし。明日一緒に朝ご飯食べよう?」
佐奈は、務めて明るい声を作った。
「今日は…本当にありがとうね。煉、疲れたでしょ。ゆっくり休んでね」
それは…つまり、もう今日はおしまい。
そういう意味だ。
研究所でのこと、現れた一人目の先生という女性のこと。
もやもやするものはあっても、今夜はもう、終わり。
今日の煉はアルバイトもして、そのすぐ後に、研究所であんなことがあって。
だからこれ以上、煉を疲れさせるようなことをしちゃいけない。
擬人化は24時間その姿を保ち、3時間の休養を要する。
これを破ると、自らの意思とは関係なく擬人化が解けて耳やしっぽが現れ、やがて完全に獣化してしまう。
こうなった場合、6時間という、通常の倍となる休養を取ることで、再び擬人化できるとはいえ、ぎりぎりまで疲労させるなんて良いわけがない。