第19章 夏の思い出-2
微笑んですら見せる彼が不思議で訊ねると、狼は穏やかに目を伏せ、そうして…その時にはまだ意識も混濁し、動けずにいた人間の女を一瞥した。
「それで、彼女を守れるんでしょう?」
逆に、失敗すれば……。
それなら成功させるまでだと、狼はまた、笑った。
何故人間などにこだわるのかと問いを重ねれば、狼は事もなげに言った。
「佐奈がいるから」
「佐奈…あの人間か」
「俺は擬人化といって、元は獣だったものが、人間になるっている、途中段階なんですよ」
「擬人化……」
「初めは何となく…好奇心で。でも今は、佐奈がいるから」
だから佐奈がいなくなるなんて、ましてや守りきれずに失うなんて、そんなことは自分にとってありえないのだと言って…あの狼は遂におとり役を務めあげた。
そして今…満身創痍ながらも生き残り、狼が執心している人間もまた、狼の献身によって軽傷を負いつつ、生き残った。
人間は…今でもあまりよく分からないし、好きでもない。
だが、兄は生命を賭して人間の味方をした。
そして自分も妖力の限りを自ら折った角に込め、邪妖を討った。
もう…妖力のほとんどがこの身には残っていないけれど。
「これで良かったのだな、兄上」
何故か…そう思える。
吹き渡る風が、それを肯定してくれているようで、男はふわり、と宙を舞うと、生き残った人間と狼の前に降り立った。
はっ、として構えたのは、やはり、狼が早い。
満身創痍だろうと何だろうと、余程この人間が大切らしい。
(まあ、興味という点では、今は同意だが……)
怖いはずなのに、震えているはずなのにこちらをねめつけ、挙句、狼を庇って邪妖までねめつけた、人間の女。
男は、そんな人間の女…煉が『佐奈』と呼んでいた存在に、興味を覚えていた。
だから…ではないが。
狼と、人間の女……。
彼らには、借りがある。
男は身構える彼らに無言で掌を翳した。
「そなたらには借りができた。これで借りを返した…とは言わぬが、傷を癒してやる」