第19章 夏の思い出-2
あるのはただ、煉を傷つけた相手への怒りと、煉を助けたいという、気持ちだけ……。
それだけで、佐奈は動き、邪妖と呼ばれる存在と対峙する。
「きゅぅ…ん」
「え……」
不意に聞こえた、声……。
ぺろり、と煉に目尻を舐められて、佐奈は自分が泣いていることを知った…と、同時。
煉は佐奈の膝に落ちた角を咥え直し、立ち上がる。
もう動けないだろう身体を、それでも奮い立たせる煉の前に、今度は佐奈が立ち塞がった。
邪妖に向かって手を広げ、煉に背を向ける。
背後から、狼の唸り声がする。
邪妖を威嚇するというより、何かを訴えているような、佐奈にはそんな気がした。
「ごめん。狼語、分かんない」
もっと擬人化レベルが上がれば、獣化しても人語を操れるらしいが、今の煉のレベルではまだ無理で。
だから意思の疎通はできないはず、だったが、何となく、煉の訴えが聞こえた気がして、佐奈は…こんな時なのに、微かに笑ってすらいた。
「ごめん。煉の言いたいことは多分、分かるけど。どけないから」
ここからは、動かない。
もちろん、怖くないわけがない。
だけど……。
「煉に何かあったら、嫌なの。私が…きっと…絶対、耐えられないから」
佐奈の声に、涙が滲んだ。
邪妖の目が、酷薄に見下ろしてくる。
それを見返しながら、でも、言葉は背後の煉へと向けて。
「煉に…いてほしいの!煉が…………すき、なの……」
こんな時に何を言ってるんだろう、と、佐奈は頭の隅でぼんやり思う。
でも…ちゃんと言いたくて。
気がついたら、言葉が飛び出していて……。
本当は気づいていた。
分かっていた気持ち。
でも気づかない振りで、そんなのありえないとか、駄目だとか、そうやって蓋をしてきた自分の心。
だけど…もう……。
やっと口にできた、それは消え入りそうな声…だった……。