第19章 夏の思い出-2
その顛末が…今、目の前で起きていることだと、男はゆらり、と腹立たしいほど優雅な所作で煉を指差す。
「狼は言った。本来、己はこのようなことに進んで飛び込むなど好まぬと。だが…そなたがいるゆえ……」
「私……?」
もしかしたら、と自責しかけた、それを証明された気がして、佐奈は眩暈を覚える。
男は…構わず肯定した。
「そなたの生命と平穏とを守護せしめるならば、何を厭うこともない、とな」
だから『角』を託した。
だから…今や真紅の狼と化したあの男は、自ら無謀の渦中にいる。
そして今、目の前にいる、この人間の女もまた……。
佐奈を見下ろして、男は口の端を歪める、と、
「がうっ!」
狼の唸り声が近づく。
煉は敵を佐奈のいる場所に近づけまいと威嚇し、あるいは誘い出そうとするのに、その意図に気づいたらしい邪妖は佐奈へとゆっくり近づいてくる。
纏う瘴気に、佐奈は頭がぐらぐらした。
でも、ずっと対峙している煉は、もっとずっと辛いはずだ。
見つめる先で、煉がまたしても熊の攻撃に跳ね飛ばされる。
辛うじて佐奈の数歩前方に着地した煉は、立ち塞がるように牙を剥いた。
けれど…力の差は、誰が見ても歴然としている。
隙を突いて熊の死角へ回り込もうとした瞬間、熊の前足が錬を殴り飛ばす。
「………っ」
「煉!!」
佐奈の目前へと放り出され、もはや声もなく地面に横たわる煉に、佐奈は今度こそ、制する男を振り切って駆け寄った。
「煉、煉っ!」
ぐったりとする四肢を抱き締め、ぎっ、と熊をねめつける。
巨大な邪妖がそこにいる。
でも不思議と、そのときの佐奈に恐怖はなかった。