第19章 夏の思い出-2
「煉…れんっ」
このままでは、遅かれ早かれ煉はやられる。
(煉が…殺されちゃう!)
咄嗟にそう感じた、その刹那、
「このままでは、殺されるな」
憎らしいほど冷静な声が耳朶に滑り込んで、佐奈は声に振り返った。
と、そこには、ふわふわと漂う男が一人……。
「ほお?そなた、私が見えるのか?」
長い長い、黒い髪……。
着物…だろうか、引き摺るような衣装を着て、頭には耳…それから、尻尾……。
擬人化か、と一瞬疑うが、そうじゃないのはすぐに感じ取れた。
何より、擬人化はふわふわ宙を浮いたりしない。
こんな超常現象状態にあって、しかし今の佐奈は怖がる素振りもなく、目の前の男を睨みつけた。
「あんた、あれの仲間?」
『あれ』とは言うまでもなく、煉と対峙している、今や巨大熊と化した存在のことだ。
すると男は、ゆるり、と首を振り、遠い目をしながら煉と、巨大な熊を見つめた。
「違う。私はあのような邪妖ではない。あれは山に封じられていた邪妖だ。かつて山を荒らし、人間を襲った邪妖は、海の力を借りた人間によってこの山に封じられた。だが所詮、人間の力では永遠に妖を封じ続けることはできぬ。ゆえに、人間は年に一度、浜で儀式を行い、これによって弱った封印を新たにする」
「………」
それは昨日の祭りのことだろうか。
ふと、佐奈がそんなことを考えていると、男はまるで佐奈の心を読んだかのように続けた。
「昨日のあれで、今年も無事に済んだはずだったのだが……」
今年は勝手が変わってしまった、と嘯いた。
「変わった…?」
それは何のことだ、と訊ねるというより、佐奈は先を急かした。
こうしている間にも、煉は窮地に追い込まれている。
こんなところで、知らない男と立ち話をしている場合じゃない。
と、何度目か、煉が熊の放った衝撃に弾かれて地面に叩きつけられた。
「煉っ!」
弾かれたように駆け寄ろうとした佐奈を、しかし、傍らにいた男が制した。
「そなた、動けるようになったようだな」
「……?」
「そなたは邪妖の放つ瘴気にあてられて一時的に身体の機能を失っていたのだ。だがそれも時が経てば元に戻る。そなたは問題ないようだが…ふむ」
言うだけ言って、男はのんびりと腕を組んだ。