第19章 夏の思い出-2
彼の声が聞こえて…姿が見える。
失くした感覚が戻ってきているのが分かって、佐奈は起き上がろうとした…が。
「駄目だよ、無理しないで」
このままで、と、煉の手がそっと、すぐ傍にある木に凭れさせてくれる。
でも…どうしてか、目の前にいる煉は肩で息をしていて、あちこち服も裂けている。
「煉……?」
そうだ、と佐奈は思い出した。
ここには『何か』がいる。
煉が来てくれて、それで安心しそうになってしまったが、ここは……。
「煉、ここは…」
「分かってる。ここから動かないでね」
「ぇ……?」
まだ、上手く言葉が繋がらない。
多くを紡げない佐奈をよそに、煉はその場に立ち上がる、と、『何か』が彼の前に現れるのが見えた。
「煉!」
「こっちだ!」
とん、と跳躍した直後、地面に降り立ったのは真紅の狼だった。
はっ、と息を吐く体躯には、既に小さな傷を負っている。
(なにが…あったの……?)
自分が動けずにいる間に。
ぼんやりとした意識に漂うしかできなかった、あの間に……。
「煉……!」
叫んで、木に寄り掛かりながら、佐奈は立ち上がろうとする。
煉が立ち向かう先…『何か』は黒い霞から、やがて漆黒の巨大な熊のような姿を取り、鋭い爪が煉を襲う。
「………っ!」
煉は紙一重で避けるが、連続するそれと、何より、
「ぐおおおおおおおおっ!」
巨体の咆哮が、まるで見えない衝撃のように煉を弾き飛ばした。
「…っ!ぐぁっ!」
苦しげな声を上げて、それでも煉は真紅の体躯で立ち上がり、決して佐奈の傍へ近づこうとはしない。
それはまるで、敵の意識を自分だけに向けようとしているかのようで。
それは、佐奈にも伝わっていた。