第18章 夏の思い出-1
にたり、と、その『何か』が不気味に笑む。
瞬間、煉は眉宇を寄せ、けれどすぐにそれを掻き消しながら、からかうように佐奈を見た。
「泳ぐ、ってことは、水着持ってきたんだ?」
「え…ぅ、ま、ぁ…」
「へえ?楽しみだね?」
煉としては実際楽しみではあるのだが、今は敢えてこう言うことで、佐奈が水着姿になるのを躊躇うだろうことは、計算のうちだ。
今、この海には入らない方が良い。
何故だか、そんな勘が働いて、煉は波の荒い浜辺から佐奈を引き離すことに成功した。
そうして…今は、山の中にいる。
薄曇りは一転、今は柔らかな陽光が降り注ぎ、そこここから洩れる木漏れ日が柔らかくて心地好い。
そよぐ風に、無意識に煉が目を細めていると、佐奈の視線に気づいた。
振り返ると、佐奈の頬が綻んでいる。
「煉、なんだか、気持ち良さそう」
「え?ああ、そうだね。佐奈は、気持ち良くない?」
「私もすごく気持ち良いよ。けど煉は…もしかしてちょっと、懐かしかったりするのかな、って……」
人間になる為、擬人化の道を選んだのは煉自身だ。
でも、だからといって過去に何も思わないわけじゃないだろう。
それに、かつて狼だった頃には、もしかしたら煉はこんな山の中で、自然に囲まれていたのかもしれない。
そう思ったら、目の前で煉が心地好さげに風に吹かれていて…だから何となく、佐奈にはそんな風に思えてしまって。
だからといって、それを皆まで佐奈が言葉にすることはなかったが、何となく悟ったらしい煉は、そうだね、と髪を揺らした。
「狼だった頃、俺もこういう山の奥で育ったんだ。だから、そうだね。何となく懐かしい感じがするよ。擬人化したことを後悔はしないけど、こういう場所に来ると、なんていうのかな…不思議な気持ちになる」
遠い故郷に戻ったような、不思議な感覚……。
やっぱり上手く言葉にできないと苦笑しながら視線を巡らせれば、ふと掠めたのは、苔生した巨木の根元……。
ちょこん、と座り込むようにしている、透けて見える小さなそれは、清浄な場所にだけ生まれ暮らすと言われる、精霊の一種だ。
人間達が忘れてしまっても、そうした『ものたち』は、確かに存在している。