第17章 心の距離とか、温度…とか
8月に入り、暑気も更に増したある日。
その日は朝からカフェのバイトに入っていた煉は、ランチの繁雑が落ち着くと同時にシフトを終え、店を出る。
一方、同じシフトに入っていた遙もまた、煉とほぼ同時に店を出た。
早い時間にバイトが終わると、時には寄り道をしたり…なんて、その辺りは人間のそれと同じだったが、近頃の暑さのせいか、あれこれ出歩く気にもなれなかった煉は、そのまま真っ直ぐに家路へと足を向けた。
煉が佐奈と暮らしているのは、擬人研究所からも程近いセキュリティ完備のマンションの一室だ。
擬人化研究は未だ様々な面において途上にある為、不測の事態にもすぐさま対処できるようにと、擬人化達(&その教師)は研究所に近いマンションの一室を格安の賃貸料で斡旋され、優先的に居住が可能…というより、半ば強制引越しさせられる。
それでも佐奈は職場が徒歩圏内になったと喜んでいたし、彼女が時々残業やらで遅くなることを考えても、職場が近いのは何かと便利だし、煉的にも安心だ。
(佐奈は、ちょっとぼんやりしたところがあるからね)
君は女性なんだから…とそれとなく嗜めてみても、大丈夫だとか、誰もそんな目で見てないからとか何とか……。
もっと警戒しろ…なんて、そもそもそんなことを生徒に言われる先生というのはどうなのか。
第一……。
(こっちは少しは警戒して欲しいんだけど……)
他の何に対して以上に、一番身近にいる狼の擬人化(煉)にこそ、もうちょっと警戒する気にならないのか、とついつい思ってしまう。
警戒の欠片もないとしたら、それは異性と見られていないようなものだ。
(警戒されすぎるのも問題だけど……)
全く皆無というのもいただけない。
はあ、なんて吐息を落としている間に、煉の住むマンションを含めた、幾棟もの、一見街のように林立するマンション群が目の前に迫ってくる。
擬人化達(&その教師)が優先して入居しているマンションは自然、ご近所が擬人化世帯…という確率も高い。
そんなマンションの群れに何気なく視線を巡らせれば、佐奈と居住しているのとは別のマンションが、ふと煉の視界に映った。
そこはかつて、煉が一人目の『あの人』と暮らした場所だ。
だが『あの人』が佐奈に絡んできたあの夜以降、『あの人』は何処かへ転居した(させられた?)らしい。
