第11章 気掛かり
「あの女を抱いたなら、さぞ悦かったろうと言ってるんですよ」
鬼鮫は体を起こして腕組みを解いた。
デイダラが目を眇める。
「据え膳に手を付ける暇がなかったのが残念ですよ」
「…どういう事だよ」
低い声で問うデイダラに、鬼鮫は片口の端を吊り上げた。
「据え膳の意味くらい知らないでもないでしょう?」
「やり返した気かよ」
「やり返す?まさか。そのままですよ。浮輪杏可也は嫋やかに見せてなかなかの女性ですね。食指は動きましたが後が面倒そうなので遠慮しました。惜しい事をしましたかね」
「杏可也がオメェなんざ誘うか」
「本当にそう思いますか」
目を見て言えば、デイダラはふいっと背中を向けた。再び固い動きで白檀を削り始める。
「…馬鹿らしい…。俺にゃ関係ねえよ」
「ならそんな木片は不用でしょう。無闇に削らず売り払ったらいい。木っ端でさえ金になるものですよ。好事家に塊で売り付ければ金欠も吹き飛ぶ」
「人の懐具合なんざ気にしてんじゃねえや。金欠はオメェも一緒だろうがよ」
「私は金の使い途がありませんでね。少々の出費で金欠になぞなりませんよ」
「それ、角都にゃ黙っとけよ?色々メンドくさくなんぞ、うん」
「予想外に冷静ですねえ。詰まらない」
ふっと鼻を鳴らして笑った鬼鮫に、デイダラは背を向けたまま頭を振った。
「言ったろ。俺にゃ関係ねんだよ。うん」
「さあ、そうでしょうかね」
「いい加減ぶっ殺すぞ。死にたいのか、うん?」
椅子を引いてデイダラが立ち上がった。膝に落ちた木っ端が散って、白檀の芳香が強くなる。
「殺す?あなたが私を?」
鬼鮫はまた腕を組んでデイダラを見下ろした。
「ほう。あなたにそんな事が出来ますかねえ…」
一瞬、渦を巻いたようなデイダラの目がギリと殺気を帯びた。が、それも束の間、デイダラは肩の力を脱いて鬼鮫から目を反らす。
「ほっとけって言ってんだよ。俺は今オメェと戯れるような気分じゃねんだ。とっとと出かけちまえ」
「勿論行きますよ。用が済んだらすぐにでも」
デイダラが皮肉げな表情を浮かべた。
「旦那に用ってのは牡蠣殻絡みか」
「だったら何です」
目を細めた鬼鮫に、デイダラはヘッと吐き捨てて口角を上げた。
「逃げ回る女の尻を追っ掛け回すなんざそれこそ無駄じゃねえかよ。何時まで馬鹿やってんだ。情けねえな、鬼鮫」