第11章 気掛かり
「ムーミンはカバではない。飽くまでカバに酷似した想像上の異生物だ」
ソっと椅子を引いて隣に腰掛けたイタチに角都は算盤を弾き違えた。
「角都はムーミンは嫌いか?残念な事だな」
「……」
折り目正しくお茶を淹れ、団子を包んだ竹皮を剥くイタチからザックリ目を反らし、角都は帳簿の頁を繰った。
「好物を食うときくらい嬉しそうにしたらどうだ。ポーカーフェイスも行き過ぎると十四の春患いになるぞ」
「…何の話だ。中二病だとでも言いたいのか?…そうか。心外だな。俺は今十二分に嬉しい気持ちでいっぱいだが」
慎重に餡団子を持ち上げたイタチは角都を見もしない。
「甘物と向き合う貴重な時間を邪魔するヤツは俺の眼力を以てして無限の彼方へさあ行こうと誘う程度には真剣に嬉しい。無限の彼方へさあ行こう。……?…何と言ったか、あの玩具の所ジョージは…」
「…オメェさ…、ディズニーとかピクサーとか無理して観んなよ。他に向いてんのいっぱいあんだろ?楢山節考とか飢餓海峡とか震える舌とか、ふかーくしつこーく精神世界の彼方へ漕ぎ出せるような地物がよ。な、うん?」
「水のないプールとかな!げははははッ」
「……水のないプールか……。お前のテリトリーにまたエラいものが紛れ込んだものだな、飛段。…いや、個人的に嫌いとは言わんが、イタチ向けか、あれは」
「はあ?水のないプールなんか要らねぇよ。ゲンの悪ィ事言ってんじゃねぇよ、ゾンビコンビがよ。来年空梅雨になったらどうすんだ?うん?てんでダメじゃねえか。オイラ夏は好きだが水不足はあれこれ我慢しろしろ煩くて嫌ぇなんだ。止せ止せ」
「デイダラ。火野正平も知らずに邦画を語るな。火野正平もわからずに緒形拳作品を語るべきではない。小津安二郎万歳黒澤明マンセー婆図サイコー」
「…………最後にまけ出た婆図ってのはバズの事か?うん?マジ?マジ?イタチ?大丈夫か、オメェ」
「マジだ。異論あるか?案出胃のブーツに噛まれたいか?」
「…ああ、うん。アンディのブーツはガラガラ蛇だったな。…えー、うん、…大丈夫…、伝わってっかんな、一応。オメェってヤツはますますわからんようになっちまったけど、そこはしょうがねえ、…しょうがねえよな?うん…なぁ?」
「俺に振るな。俺は今誰とも揉める気はない。長老仕事中に限りある体力を無駄にしたくない」