第11章 気掛かり
「ぅわっしょいッ」
盛大なクシャミに、暁の天井の高い広間が震えた。
「……汚えな。クシャミは人ンいねぇとこ向いてかませよ。それがエチケットってヤツだぞ、うん」
大きな円卓でスカスカと木の塊に小刀の刃を入れていたデイダラが、顔も上げずに苦言を呈する。鼻を擦り上げていた飛段が、にんまり笑って椅子を揺らした。
「悪ィなぁ。あんまいきなりしたくなっちまったからよ。エチケットが俺に追い付かなかったみてぇよ?だはは」
「エチケットは追い付け追い越せ的なものじゃない。身につくものだ」
二人から距離を置くような位置で帳簿を繰っていた角都が、これまた顔も上げずに淡々と言う。
「ふん?じゃ昼寝中か。俺のエチケットちゃんは」
首を傾げた飛段に堪りかねたデイダラがチラと目を走らせて鼻を鳴らした。
「くっだらねえ。そんな言ったら寝っ放しだろ、オメェのエチケットは。うん?」
「永遠に目覚めないなら無いものとしていいだろう。と、言うか、最初から無い」
角都は飽くまで淡白だ。帳簿に並んだ数字に目を通しながら、流れるように算盤を弾き続けている。
飛段はそんな二人にお構いなしで、ドンと卓に足を載せて椅子の背に踏ん反り返った。
「まーたまた。俺のエチケットが目ェ覚ましたらエラい事になんぜ?見た事も聞いた事もないジェントルマンが降臨しちゃうかんな。オメェら心ン準備はいいか?お?」
「見た事も聞いた事もないものなら矢張り無いも同然だ。と、言うより、無いものは無い」
「有るとこには有んだろうけど、オメェんとこにはねえだろうな。多分ねぇ。きっとねぇ。絶対ねぇ。金輪際ねぇ。間違いねぇよ、うん」
「そーんなねぇねぇ言うなって。俺ァムーミンじゃねえぞ。一回ねぇって言われたらソッコー振り返ってブッ殺しちゃうからよ。ねぇデイちゃん」
「ねぇとかデイちゃんとか言うな。内部爆発させっぞ、このヤロウ。そのねぇじゃねぇ。ちゃんと話聞けよオメェは。うん?」
「げはは、ねぇじゃねぇじゃねぇよなぁ、ねぇおじいちゃん?」
「お前はもう黙れ。お前の話を聞いていても気が散るばかりで何の得もない。聞いて損した気になるから止めろ。俺のいないところで好きなだけ咳いてねぇねぇ言いながら自称カバじゃないカバでも召喚しろ。俺のいないところでだ。いいな?」