第10章 歩み寄りがなければ相性も悪い。
「こっちだって余計な事で死にたかありませんから言わせて貰いますがね。殴るのは止めて下さい。吐きますよ、私は。吐きそうだから敢えて言ってるんです。いいですか?次殴ったらシンガポールのシンボル並みに吐きますからね?で、それは何です?要らないものを口にするのは真っ平御免ですよ。半ば以上私の範疇にない香りがしますが、新薬か育薬ですか?」
「テメェら磯の連中が創るモンとは毛色が違うのは間違いねぇな。テメェは薬草の類は知っていても化学式はからっきしだろう?聞いたってわかりゃしねえよ。丁寧に説明して欲しいか?」
「いいえ」
「だろうな。俺にもそんな気はねぇ」
「なら振らないで下さいよ。面倒臭いですねえ…」
「口にゃ気を付けろよ。鮫呼び付けて削らせてやるか?あ?」
「そんな気もないくせによく言いますね」
冷えた口調で返した牡蠣殻に、サソリは素っ気なく肩を竦めた。
「ふん?わかってんじゃねえか、魚屋」
「…魚屋って、まだそんないっそ懐かしい事を…。貴方も大概しつこいですねぇ…」
「しつこくねぇ犯罪者なんているかよ」
「はあ…。まあその持論は兎に角、干柿さんを呼ぶ気があるなら貴方とっくにそうして私を押し付けてるでしょう。いや、そもそも貴方が私を拾い上げたところからしておかしい。何が目的です?」
受け取った湯呑みを掌で包んだきり、口に運ぼうともしない牡蠣殻を見てサソリは目を眇めた。
「聞きたきゃ呑めよ。そしたら話してやらねえでもねぇ」
「得体の知れないものは口にしたくないんですがねえ…。増して貴方からの振る舞いとあれば、今までの成り行き上用心深くもなりますよ」
「虚血の薬だ。テメェ狭心症に似た症状を起こしてんだよ。血管がイカれかかってやがる。ほっときゃ当たって死ぬぜ。いいザマだな、牡蠣殻。何だ?煙草と塩辛いモンでもしこたまやって来たか、"草"で」
半笑いで指摘され牡蠣殻は苦笑しながら咳き込んだ。
「どうやって検査しました?そんな設備がこのアバラ家にあるんですか」
「アバラ家な。は。何でも見た目で判断すんなァ馬鹿のするこった」
「ああ、成る程。貴方もそれでいて干柿さんと同世代の立派な中年男性ですしね」
「鮫と一緒くたにすんな。気分悪ィ」
「またまた。暁の愉快な仲間たちじゃないですか。仲間にツンデレなんて、立派なおじさんのする事じゃありませんよ?」