第10章 歩み寄りがなければ相性も悪い。
薬の匂いがした。
薄く開いた目に、木造りの天井が映る。
嗅ぎ慣れた薬草から成る薬と、それとはまた違う薬の匂い。
体が重く、吐き気がした。胃がせり上がるような感覚に脂汗が浮く。
「おい。呑め」
いきなり目の前に薬湯らしきものの入った湯呑みが現れ、剣呑な声がした。
「起き上がれんのか?出来なくても起き上がれ。俺ァオメェに手を貸す気なんざさらさらねぇからな。どうして起き上がれねぇなら起き上がれるようになるまで黙って転がってろ」
聞き覚えのある声に脂汗が止まり、また違う厭な汗が浮き直す。
「…寄りによって、何で貴方が…」
こういうコンディションのとき最も側に居て欲しくない相手が、明らかなマウントポジションからこちらを見下ろしている。夢なら悪夢だが悪い事にこれは目覚めれば消える夢ではなく現実のようだ。
牡蠣殻は口を引き結んで体を起こした。目が回って吐き気が増す。最悪だ。
「オメェが勝手に俺の行き先でくたばりかけたんだ。寄りによってはこっちの台詞だ、この馬鹿貝が」
「お変わりありませんね、サソリさん…」
幼さの残る端整な顔を歪めた中年男を見遣り、牡蠣殻は深い溜め息を吐いた。
「で、何だってその馬鹿貝なんか助けたんです?貴方なら如何にも捨て置きそうなものですがね」
あだだと呻いて体を擦りながら、牡蠣殻は間を開けず溜め息を重ねる。
「そんなんオメェの知った事か。呑め」
鼻を強打しかねない勢いで真ん前に湯呑みを突き出したサソリに、牡蠣殻は厭な顔をした。
「ご親切にどうも。…これ、何なんです?」
サソリの眉と口角が上がる。
「知りてえか?中身を知ろうが知るまいが、間違いなくオメェはコイツを呑む事になるんだぜ?それでも知りてぇかよ、コイツが何か」
「…またエラく嬉しそうな顔で厭ったらしい事言いますねえ…」
「ふ。そうか?嬉しそうだったか?そら余程嬉しいんだろうな。何で嬉しいか聞きてえか?」
「要らない事は聞きませんよ。暗い先行きに何の展望も無い拍車をかけても落ち込むばかりです。あーあ、がっかりだ。全く厭になる。何か良い事ないかなぁ!」
「腹立つなこの野郎」
「あれ、そうですか?それはすいませんでしたね。はははぁだッ、おえッ」
「汚えな、吐くなよ」
「おぅえ…じゃ、みだりに殴り付けないで下さいよ。…ぅえ…」
「ウゼえな。死ぬなよ」