第4章 未熟者
「アレの親父は破波の師だ。幾度か会った事がある」
「初耳だな」
綱手が眉をひそめる。同じく破波と付き合っていたつもりが、思い掛けない不知を知り詰まらなく思ったのだろう。場合が場合でもある。自来也は苦笑いして湯呑みを置いた。
「たまさか薬の無心をした程度の仲だがの。磯は定住せんし腕の立つ薬師は忙しい。大した付き合いはなかったがいつも側にクソ真面目な顔をした息子がおって……」
フと引っ掛かりを感じて語尾が淀んだ。
「深水に年の離れた妹はあったか?」
尋ねると波平は不審げな顔をして頭を振った。
「義兄は深水の一人息子ですが」
「行けば見かける娘がおったが、あれは親戚の娘だったか」
何故今そんな事が気になるのかわからない。しかし、記憶の中の何かが引っ掛かる。自来也は唸りながらまた腕を組んだ。
「それは牡蠣殻でしょう。あれは深水に預けられて育ちましたから」
波平が目を細めて窺うように自来也を見やる。
「牡蠣殻と面識がおありになる?…いや、あるのでしょうね。深水の者と付き合いがあったのならば…」
波平の顔に憂いが滲む。閉じた里、影の息子、牡蠣殻とは筒井筒の自分。綱手以上の不知を思い知らされて胸に苦味が滲む。
「…牡蠣殻?あの馬鹿丁寧で可愛げのない…髷の…」
地味で、体の薄い子供。自来也は首を傾げた。
「……あのガキが牡蠣殻」
髷で馬鹿丁寧、地味で体が薄い。
深水のところに居たあの子供は、記憶のまま大きくなっていれば、丁度山で拾った女のようになるのではないか?
「…汐田…いや、違う。磯部。牡蠣殻だ」
自来也は額を打って歯軋りした。
綱手と波平が顔を見合わせる。
「やられたわ!あの女…」
「どうした、自来也?」
当惑する綱手をよそに自来也は波平にきつい目を向けた。
「わしも間抜けだがお前も大概間抜けとる。磯は互いの気配に敏いと聞いたが、お前、何時から木の葉に居た?」
波平の目の色が変わった。
榛が閃いて瞳が膨らむ。
「牡蠣殻に会いましたか」
「会ったも何も…」
言いかけて自来也はまた額を打った。行儀悪く掛けていた腰を上げて綱手を見る。
「牡蠣殻の縁者が木の葉に居る。どういう係累かはっきりせんが面倒な事になるかも知れん」
「…成る程、それがお前の用向きだったか」
特に表情を乱す事もなく、綱手は自来也と波平を見比べた。