第4章 未熟者
「仮に私情が絡むとしても、それが里の為に繋がるものでなければ神輿は上げません。私は開き盲の間抜け者ではありますが、かと言って信ずべきものを信じず、助けにすべきではないものに縋る程愚かではないつもりです」
「信ずべきものや助けにすべきものが、秤のどちらに傾ぐかわからぬものであってもか」
「そこを差配すべきがたった今あなたの語られた困難では?」
「秤に自分の気持ちが載ることは無いと言うか」
「そうでありたいと思ってはいますが」
波平は悪びれるようでもなく茫洋と綱手を見ながら、淡々と言った。
「単刀直入に言って、その場になってみねばわかりません。何分経験のない事なので」
「牡蠣殻はビンゴブッカーだ。音や暁とも絡みがある。磯が囲えるものではない」
言葉とは裏腹に穏やかな声音で綱手が指摘する。
波平は一時顔を俯けて、肩を揺らした。
笑ったように見えるが、次に綱手に向き直った顔はまた何事もなく茫洋としたものだった。
「流石早耳だ。いや、当然ですか。何せ木の葉には元の磯人の薬事場がある。耳目が走らぬ話題ではないでしょうからね」
「薬事場の連中が知っているかどうかまではわからん。…連中は深水が死んだのも未だ知らずにおるくらいだから」
「…それはまた…何故です」
流石に驚いたらしい波平が目を細めた。
「深水自身を知る者がまず木の葉に居らん。更に深水の死を知る者はごく僅か、それも任務中に出来した慮外の事態ゆえ箝口を布いた。それだけだ。他意はない」
「…任務中ですか。成る程」
また顔岩に目を走らせ、一拍の間を置いて波平は静かに頷いた。
「知れば悲しみましょう。知らぬままでいいのかも知れません。義兄は良き医師であり、教師でありましたから。…お心遣い、痛み入ります」
「皮肉か」
片口を上げた綱手に波平は首を振る。
「いいえ。深水の事で皮肉を言う筋合いなど御座いません。本心より申しております」
「…そうか。すまんな、余計な事を言った」
些か鼻白んだ綱手をしょっぱい顔で黙っていた自来也が覗き込んだ。
「不器用者の深水の話か」
「深水を知っているのか」
綱手は驚いて自来也を見返した。磯の先代破波とは互いに親交があったが、磯の里人は基本里を離れる事がないので知り合う機会がない。
自来也はふむと鼻から息を吐いて、綱手の呑みかけの冷めたお茶を煽った。