第4章 未熟者
「こういう筈じゃなかったんじゃが」
「のようだな。しかし結句、こういう事だ。波平」
自来也を剣呑な顔つきで凝視していた波平が、綱手を顧みた。
「お前が何を言いに来たのか、大体の見当はついてる。木の葉には牡蠣殻の件に不干渉であって欲しいのだろう。しかし、牡蠣殻は木の葉に置き土産をしたようだよ」
「…私は薬事場の事を改めて頼みに来たのです。手綱の主が知れぬ草の動きに注視頂きたいと…」
波平は目を細めて眼鏡を押し上げた。
「牡蠣殻については、好き好んで賞金首に関わる必要もありますまい。五代目」
綱手は苦く笑って首を振る。
「好き好む訳ではないが、牡蠣殻が自ら木の葉に現れた以上関わんですむものでもないと言っている。お前が何を懸念しているか、知らぬ顔をする気はない。確かに私は牡蠣殻の血に欲を持った。牡蠣殻の質は危険であるとも思っている。御せぬなら無いものであった方が良いと判断した事も隠さん」
「牡蠣殻は磯の者、私の補佐です。私が連れて帰る。手出しは御無用」
「牡蠣殻は何処の何者でもない。お前が長として散開の際示した道の一つを他の磯の者たちと同じく、自ら選んで歩んでいるんだ」
綱手は厳しく言い渡すと、波平を睥睨した。
「牡蠣殻が自ら望まぬうちは、磯もお前も、木の葉と私同様牡蠣殻に対して何の権利も持たない」
「いいえ、五代目。牡蠣殻は私に会いに来ると言いました」
波平は目の色を収めて綱手を平然と見返す。
「会えば私の望みは叶いましょう。牡蠣殻は恩知らずではない」
確信に満ちた波平の物言いに、綱手は自来也にしかめ面を向けた。
「…して肝心の牡蠣殻は?」
自来也は綱手と波平を見、溜め息をついた。
「それがなぁ…」
「失せたのでしょう」
波平が薄く笑って先を引き取った。
「簡単に捕まる牡蠣殻ではありません。功者はままならないものですから」
「しかしありゃ病んどったぞ」
笑う波平をしかめ面で見、自来也は憤ろしげに吐く。
「あの体を推して何処に行かなきゃならん理由がある?それこそお前に会いに行ったか?だとすりゃすれ違いだな」
「牡蠣殻の会いたい相手は私だけではありますまい」
日暮れて見えづらくなった町並みを眺め、波平は翳った冷たい声で呟いた。